利益率18%を達成している「オルビス」が、改革を急ぐ理由〜CEO Japan Summit 2019レポート〜
2019年5月15日・16日にホテル椿山荘東京で開催された「CEO Japan Summit 2019」。このイベントは、各業界で注目される企業の経営者が登壇し、経営課題に対する向き合い方、課題解決の方法など、実体験に基づいた貴重な話を聞かせてくれるセミナーとなっています。
今回、同イベントの中から、「経営の荒波をくぐり抜けた先に目指すもの」というテーマのパネルディスカッションに、株式会社セブン&アイ・ホールディングス シニアオフィサーの脇田氏、平和酒造株式会社 代表取締役社長の山本氏と共に登壇した、オルビス株式会社 代表取締役社長、小林琢磨さんの講演をレポートします。
小林さんは、2018年にオルビス株式会社の代表取締役社長に就任し、ブランドの改革経営に取り組まれています。一般的には決して業績が悪い訳ではない同社で、なぜ改革が必要なのか?小林さんが取り組む改革のプロセスの中で立ちはだかる障壁は何なのか?それをどう乗り越えていくのか?
そこには、小林さんがオルビスというブランドに対して抱くリスペクト、そして化粧品というプロダクトがこれから向かうべき明確なビジョンがありました。
目次:
小林さん(以下敬称略):まず、簡単に自己紹介をさせていただきます。私はもともと株式会社ポーラという化粧品メーカーに新卒で入っておりまして、実はグループ会社間での異動以外、私は一度も転職経験がありません。ポーラグループのプロパーです。
ポーラ化粧品には2002年に新卒で入社しました。その後、31歳の時にグループに社内ベンチャー制度ができまして、そこで手を挙げて、「ディセンシア」という、Eコマースに特化した、敏感肌・お肌が弱い方向けの化粧品会社の経営に参画して、そこを8年経営しました。
ディセンシアを、私が退任するときは売上数十億規模で、営業利益率10%ぐらいの会社に育てて、オルビスを経営することになったのは、昨年(2018年)からになります。
私はポーラ・オルビスホールディングスという、東証一部に上場している持株会社の役員も兼務しているのですが、このまま行くと5年後、10年後にはこのブランドはない、ということで、改革の経営に入っています。明らかな赤字に陥っている訳ではないので、いわゆるターンアラウンドとは違い再グロースの経営といえるかもしれませんが。
一番難しいのは、改革と言っても、直近の決算では売上高510億円に対して営業利益は90億円出ているんですね。利益率でいうと18%ある。そういった状況の中で、なぜ、ターンアラウンド並みの変革をしなくてはならないのか、ということを社内外で理解を得る部分です。
やっていることとしては、私たちはBtoCビジネスなので、現在CIやVIなど全て変更して、完全なリブランディングを進めているところなのですが、高い利益率が出ているのになぜ変える必要があるのか、という反発は少なからず存在します。
私は世の中の変化をマクロ経済的に捉えるよりも、「基本的なことをやる」というのが非常に大切なことだと思っていまして、ドラッカーが提唱している「顧客の創造」ということをすごく大事にして変革に取り組んでいます。それは、経済環境がどうなるかということよりも、消費者、生活者がどのように変化していくかということを予測してブランドを創っていく、という意味です。
——とは言え、マクロ経済的な観点から世の中の変化がオルビスに与えた影響は皆無ではないのでは?
小林:マクロ経済という意味でポーラ・オルビスホールディングスがすごく影響を受けたのは、インバウンドですね。
私たちが東証一部に上場したのは2010年で、その時の時価総額は1000億円を少し切っているぐらいでした。それが昨年の春には1兆円に到達したんです。8年で時価総額が10倍です。ITやテクノロジーというセクターではなく、化粧品メーカーという成熟したセクターで、時価総額が8年で10倍になったのです。
今は時価総額の伸びがピタッと止まっていまして、一時期は大きく減額しました。今は少し戻していますが、ピーク時の7割程という状態です。
この、時価総額の増減には様々な要因があるのですが、大きな要因がインバウンド、特に中国経済の変化です。
現在も貿易戦争を含めて、中国経済から様々な影響を受ける訳ですが、マクロ経済そのものは我々がコントロールできるものではないので、結局は顧客を創造することが最も大事なのです。
この先何が必要かと言うと、カタログでやっていた通販をデジタルに置き換えることではありません。消費者の動向を見ていると、もう、リアルなものをデジタルに「置き換える」ということでは変革は無理だと思っています。
最近出版された「アフターデジタル」という本の中でも提唱されていますが、「リアルをデジタルとつなぐ、リアルをデジタル化する」のではなく、もう世の中の全てがデジタルで繋がるという前提の中で、いかにタンジブルなもの(実体があるもの)を創っていくかということに対して、ものすごく危機感を持って取り組んでいます。
例えば、創業からわずか6年で時価総額40億ドルを達成して注目されているアメリカの「ペロトン」というフィットネス企業のビジネスモデルなどは非常に興味深いと思います。どんなものかと言うと、20万円ぐらいするエアロバイクを各家庭に売って、あとはサブスクリプションなんですね。
画面を見ながら、全国で同じトレーナーの指示を受けながら、家でフィットネスができる。実際に場所は存在しないけれども、デジタル上で会っている人たちが競い合ったり、自分の体調は今どうなっていて、数ヶ月後はどうなっていくのかといった体験を、デジタル前提の中でタンジブルなものとして生み出しているというのがポイントになっていると思います。
そして、私たちも今まさにそういう観点で「ブランド体験を創造していこう」と取り組みを始めています。
自分が創業者として起ち上げて成長させた企業で、しっかり利益を出していれば、極端な話、自分が「右」と言えばみんな右を向いてくれるんですね。しかし、いきなり経営に入っていった企業ではそうは行きません。
オルビスは今、従業員が1300人ほどいます。私は去年40歳で社長に就任しましたが、部長、役員は全員私より年上でした。さらに、私はポーラ・オルビスグループとしてはプロパーなのですが、オルビスという会社で社員として勤務した実績はありません。
そういった人間が、ポーラ・オルビスグループの役員を兼務しながら、変革の経営としてオルビスに入っていくということは、想像以上に厳しいということです。
もちろんオーナーから信任を受けてやっているのですが、やはりそこは独立した経営者として、全て自分の責任において変革をやっているという覚悟を見せていかないといけません。私が社長になって2年目ですが、目下、それを痛感しているところです。
変革のために、完全なリブランディングを図っていますので、昔から長い間お付き合いいただいているお客様は「こんなのは私の好きだったオルビスじゃない」という声をあげる方もいます。従業員にも当然、抵抗勢力がいます。
去年1年間、ドラスティックに構造改革を進めた成果はどうなっているかというと、昨年のオルビスの業績というのは、「減収増益」なんですね。一時的に売上を下げているのです。
構造改革をして増益には持っていっているのですが、売上が下がっているじゃないか、と言われるわけです。これが未来に繋がる保証はあるのかと。これについては当然、社員からも、機関投資家からも非常に厳しく追求されました。
このように三方から疑念の目を向けられるという状況が、昨年の夏ぐらいに起きていました。今は、少しずつ改善の兆しを見せています。
——三方からの疑念を振り払って、やり抜くことを決意する瞬間、小林さんを支えているものは何なのでしょうか?
小林:僕はファウンダーではありませんが、このオルビスというブランドが、社会の役に立つという信念ですね。
実はポーラという化粧品メーカーが先にあり、そのポーラの業績が悪くなった時にオルビスを起ち上げているんですね。
ポーラは訪問販売の化粧品なんですよ。各家庭の呼び鈴を押して、お客様と対面します。その化粧品は1本1万円、2万円という世界です。2、3ヶ月でなくなるものがその価格ですから、決して安いとは言えません。そして、ポーラの化粧品はアンチエイジング化粧品で、処方でいうとオイルリッチなものになります。
オルビスが創業時に何をやったかというと、全部ポーラと真逆のことをやったのです。ポーラがうまくいっていない時にポーラと同じことをやっても意味がありません。だから、真逆のことをやりました。
まず、ポーラはオイルリッチな商品を作っていたのに対してオルビスの化粧品はオイルフリーです。それから、ポーラがお客様と対面でウェットな関係を築いていたのに対し、その真逆はなんだと考えた時に、通信販売なら人に会わないじゃないかということでカタログ通販のスタイルを取り入れました。
化粧品の包装は大抵箱に入って豪華にしているのですが、オルビスは「シンプルでいい」ということで、コンビニのあんパンの袋のような簡易的な包装にしました。
こうやって、親会社のポーラのやり方に華麗に反抗してきたのが、オルビスの創業経営陣でした。バブル絶頂期に、「シンプルに、本質的なコストパフォーマンスのいいものを」というスピリットを持ってやっていたんです。私はそのスピリットがすごく好きなんですよ。
誤解を恐れずに言えば、私は化粧品メーカーにいながら「アンチエイジング」という概念が好きではありません。エイジングに抗わなくてはいけない、シワができることは醜いという価値観を作ってきたのは化粧品メーカーの功罪だと思っています。
その価値観に対して反骨心を持っている創業スピリットが、今失われてしまっています。社内でも創業時のスピリットが忘れられているために、本質的な部分よりも「手段」を守ろうとしてしまう。もう時代が変わっているので、別にオイルカットという「手段」じゃなくてもいいんですよ。理念さえあれば、手段は時代ごとに変えていけばいい。しかしながら、その手段を変えるということに対してハレーションが起きてしまうのです。
長くやってきた「手段」を大事にしてきたものと勘違いする、または「手段」を変えると戦術レベルでは色々変更しないといけなくなるので面倒である、このどちらかまたは両方による抵抗感が強いのです。
だから私は、創業時のスピリットを復活させたいのです。そういう想いが、私を支えています。それをもう一度実現できた時に、必ずよくなると信じて、日々改革に取り組んでいます。
——改革を進めていく中で、これからオルビスにとってリスクとなり得る時代の変化にはどのようなものがあると考えられますか?
私は、オルビスにとって「化粧品の概念が変わる」ということが最大のリスクだと思っています。例えば、今、医療費がどんどん上がっているので、皮膚科に関するいわゆる命に関わらない症状などは医療費控除から外れたり、美容医療の概念も変わっていくと思っています。
そんな中で、アンチエイジングの概念とそうではない概念とが生まれてきた時に、化粧品というセグメントの考え方も変わってくるはずです。
私は、商品の中身でイノベーションを起こし続けるというよりも、「ビューティー」という枠の中で、ブランドとしての体験価値をどうやって提供していくかということの方が大切だと思っています。これからの多様性の時代、「ビューティー」は女性だけのものとは限りません。「ビューティーな生き方」というものに対して、どうブランドの体験価値を提供していけるのか。アンチエイジングというような恐怖訴求ではなく、「スマートエイジング」というコンセプトに基づいて、デジタルが前提の世界の中で、どのようにタンジブルな体験価値を創造し、提供できるのか。
もう単なる化粧品メーカーである、という考え方を外して、それを実現していきたいと考えています。
デジタルが前提の世界で、改革が進んだオルビスが提供するブランド体験がどのようなものになるのか、非常に楽しみです。
「ECのミライを考えるメディア」としては、オルビスがオムニチャネル化についてどのような構想を持ち、取り組みを進めているかといったお話も、また新たな機会を作ってお伺いしてみたいと思っています。
今回、同イベントの中から、「経営の荒波をくぐり抜けた先に目指すもの」というテーマのパネルディスカッションに、株式会社セブン&アイ・ホールディングス シニアオフィサーの脇田氏、平和酒造株式会社 代表取締役社長の山本氏と共に登壇した、オルビス株式会社 代表取締役社長、小林琢磨さんの講演をレポートします。
小林さんは、2018年にオルビス株式会社の代表取締役社長に就任し、ブランドの改革経営に取り組まれています。一般的には決して業績が悪い訳ではない同社で、なぜ改革が必要なのか?小林さんが取り組む改革のプロセスの中で立ちはだかる障壁は何なのか?それをどう乗り越えていくのか?
そこには、小林さんがオルビスというブランドに対して抱くリスペクト、そして化粧品というプロダクトがこれから向かうべき明確なビジョンがありました。
目次:
- パネルディスカッションレポート:Part1「今の環境にどう対応しているのか、していくのか?」
- -利益率18%を達成している中でもなお必要な「改革」とは
- -リアルなものをデジタルに「置き換える」ことでは変革はできない
- パネルディスカッションレポート:Part2「直面してきた困難と、その乗り越え方」
- -「三方」全てを敵に回さざるを得ない難しさ
- -「ポーラの真逆」を行った創業スピリットを継承したい
- さいごに
講演者プロフィール:小林琢磨(こばやし たくま)
1977年生まれ。2002年にポーラ化粧品本舗(現ポーラ)へ入社し、2010年にDECENCIA(ディセンシア)社長へ就任。2017年1月にオルビスの取締役兼商品・通販事業担当に着任。翌年、2018年1月1日にオルビスの代表取締役社長に就任。同年、新生オルビスのビジョンを掲げ、「ORBIS U(オルビス ユー)」をリニューアル。発売からわずか2カ月で異例の販売累計67万個を突破。翌年1月には、「飲む」次世代スキンケア「ORBIS DEFENCERA(ディフェンセラ)」を発売。日本で初めての発売である「肌へのトクホ」が注目され、CM公開を待たずして予定数量を大幅に超過し、品薄状態になった。2029年への長期目標を見据え、「ここちを美しく」いられるための本質的な体験価値を模索しつづける。
パネルディスカッションレポート:Part1「今の環境にどう対応しているのか、していくのか?」
※講演はパネルディスカッション形式でしたが、本レポートは小林氏の発言のみを抜き出して再編集したものとなります。小林さん(以下敬称略):まず、簡単に自己紹介をさせていただきます。私はもともと株式会社ポーラという化粧品メーカーに新卒で入っておりまして、実はグループ会社間での異動以外、私は一度も転職経験がありません。ポーラグループのプロパーです。
ポーラ化粧品には2002年に新卒で入社しました。その後、31歳の時にグループに社内ベンチャー制度ができまして、そこで手を挙げて、「ディセンシア」という、Eコマースに特化した、敏感肌・お肌が弱い方向けの化粧品会社の経営に参画して、そこを8年経営しました。
ディセンシアを、私が退任するときは売上数十億規模で、営業利益率10%ぐらいの会社に育てて、オルビスを経営することになったのは、昨年(2018年)からになります。
利益率18%を達成している中でもなお必要な「改革」とは
小林:オルビスという会社は、創業から35年ぐらいで、売上高は500億円強、営業利益が90億円ぐらいあるんですね。メーカーとしては非常に利益率が高いのですが、実は15年間、それが伸びてはいないんですよ。ずっと少し上がったり、少し下がったりという状態長い時間引いて見てみると少しずつジリ貧です。しかし、毎年の数字だけを見ていると危機感がないんですね、前年との比較で見ればだいたい横ばいなので。私はポーラ・オルビスホールディングスという、東証一部に上場している持株会社の役員も兼務しているのですが、このまま行くと5年後、10年後にはこのブランドはない、ということで、改革の経営に入っています。明らかな赤字に陥っている訳ではないので、いわゆるターンアラウンドとは違い再グロースの経営といえるかもしれませんが。
一番難しいのは、改革と言っても、直近の決算では売上高510億円に対して営業利益は90億円出ているんですね。利益率でいうと18%ある。そういった状況の中で、なぜ、ターンアラウンド並みの変革をしなくてはならないのか、ということを社内外で理解を得る部分です。
やっていることとしては、私たちはBtoCビジネスなので、現在CIやVIなど全て変更して、完全なリブランディングを進めているところなのですが、高い利益率が出ているのになぜ変える必要があるのか、という反発は少なからず存在します。
私は世の中の変化をマクロ経済的に捉えるよりも、「基本的なことをやる」というのが非常に大切なことだと思っていまして、ドラッカーが提唱している「顧客の創造」ということをすごく大事にして変革に取り組んでいます。それは、経済環境がどうなるかということよりも、消費者、生活者がどのように変化していくかということを予測してブランドを創っていく、という意味です。
——とは言え、マクロ経済的な観点から世の中の変化がオルビスに与えた影響は皆無ではないのでは?
小林:マクロ経済という意味でポーラ・オルビスホールディングスがすごく影響を受けたのは、インバウンドですね。
私たちが東証一部に上場したのは2010年で、その時の時価総額は1000億円を少し切っているぐらいでした。それが昨年の春には1兆円に到達したんです。8年で時価総額が10倍です。ITやテクノロジーというセクターではなく、化粧品メーカーという成熟したセクターで、時価総額が8年で10倍になったのです。
今は時価総額の伸びがピタッと止まっていまして、一時期は大きく減額しました。今は少し戻していますが、ピーク時の7割程という状態です。
この、時価総額の増減には様々な要因があるのですが、大きな要因がインバウンド、特に中国経済の変化です。
現在も貿易戦争を含めて、中国経済から様々な影響を受ける訳ですが、マクロ経済そのものは我々がコントロールできるものではないので、結局は顧客を創造することが最も大事なのです。
リアルなものをデジタルに「置き換える」ことでは変革はできない
オルビスは、ニッセンや千趣会が切り拓いてくれたカタログ通販がビジネスモデルの化粧品ブランドで、1996年ぐらいから2004年の間に大きく成長しました。その時のCAGR(年平均成長率)が売上でだいたい20%以上あったものが、そこから15年伸びなくなったのです。この先何が必要かと言うと、カタログでやっていた通販をデジタルに置き換えることではありません。消費者の動向を見ていると、もう、リアルなものをデジタルに「置き換える」ということでは変革は無理だと思っています。
最近出版された「アフターデジタル」という本の中でも提唱されていますが、「リアルをデジタルとつなぐ、リアルをデジタル化する」のではなく、もう世の中の全てがデジタルで繋がるという前提の中で、いかにタンジブルなもの(実体があるもの)を創っていくかということに対して、ものすごく危機感を持って取り組んでいます。
例えば、創業からわずか6年で時価総額40億ドルを達成して注目されているアメリカの「ペロトン」というフィットネス企業のビジネスモデルなどは非常に興味深いと思います。どんなものかと言うと、20万円ぐらいするエアロバイクを各家庭に売って、あとはサブスクリプションなんですね。
画面を見ながら、全国で同じトレーナーの指示を受けながら、家でフィットネスができる。実際に場所は存在しないけれども、デジタル上で会っている人たちが競い合ったり、自分の体調は今どうなっていて、数ヶ月後はどうなっていくのかといった体験を、デジタル前提の中でタンジブルなものとして生み出しているというのがポイントになっていると思います。
そして、私たちも今まさにそういう観点で「ブランド体験を創造していこう」と取り組みを始めています。
パネルディスカッションレポート:Part2「直面してきた困難と、その乗り越え方」
小林:自分で起ち上げたベンチャーを経営するのと、他の人が500億円まで育てた会社の変革をやることの意味は全く違います。自分が創業者として起ち上げて成長させた企業で、しっかり利益を出していれば、極端な話、自分が「右」と言えばみんな右を向いてくれるんですね。しかし、いきなり経営に入っていった企業ではそうは行きません。
オルビスは今、従業員が1300人ほどいます。私は去年40歳で社長に就任しましたが、部長、役員は全員私より年上でした。さらに、私はポーラ・オルビスグループとしてはプロパーなのですが、オルビスという会社で社員として勤務した実績はありません。
そういった人間が、ポーラ・オルビスグループの役員を兼務しながら、変革の経営としてオルビスに入っていくということは、想像以上に厳しいということです。
もちろんオーナーから信任を受けてやっているのですが、やはりそこは独立した経営者として、全て自分の責任において変革をやっているという覚悟を見せていかないといけません。私が社長になって2年目ですが、目下、それを痛感しているところです。
「三方」全てを敵に回さざるを得ない難しさ
小林:一番厳しいのは、よく言われる「三方よし」という言葉がありますが、お客様、社員従業員、株主、その三方全てを敵に回さなくてはいけない状況があるということです。変革のために、完全なリブランディングを図っていますので、昔から長い間お付き合いいただいているお客様は「こんなのは私の好きだったオルビスじゃない」という声をあげる方もいます。従業員にも当然、抵抗勢力がいます。
去年1年間、ドラスティックに構造改革を進めた成果はどうなっているかというと、昨年のオルビスの業績というのは、「減収増益」なんですね。一時的に売上を下げているのです。
構造改革をして増益には持っていっているのですが、売上が下がっているじゃないか、と言われるわけです。これが未来に繋がる保証はあるのかと。これについては当然、社員からも、機関投資家からも非常に厳しく追求されました。
このように三方から疑念の目を向けられるという状況が、昨年の夏ぐらいに起きていました。今は、少しずつ改善の兆しを見せています。
——三方からの疑念を振り払って、やり抜くことを決意する瞬間、小林さんを支えているものは何なのでしょうか?
小林:僕はファウンダーではありませんが、このオルビスというブランドが、社会の役に立つという信念ですね。
「ポーラの真逆」を行った創業スピリットを継承したい
小林:少し、オルビスの成り立ちについてお話しします。実はポーラという化粧品メーカーが先にあり、そのポーラの業績が悪くなった時にオルビスを起ち上げているんですね。
ポーラは訪問販売の化粧品なんですよ。各家庭の呼び鈴を押して、お客様と対面します。その化粧品は1本1万円、2万円という世界です。2、3ヶ月でなくなるものがその価格ですから、決して安いとは言えません。そして、ポーラの化粧品はアンチエイジング化粧品で、処方でいうとオイルリッチなものになります。
オルビスが創業時に何をやったかというと、全部ポーラと真逆のことをやったのです。ポーラがうまくいっていない時にポーラと同じことをやっても意味がありません。だから、真逆のことをやりました。
まず、ポーラはオイルリッチな商品を作っていたのに対してオルビスの化粧品はオイルフリーです。それから、ポーラがお客様と対面でウェットな関係を築いていたのに対し、その真逆はなんだと考えた時に、通信販売なら人に会わないじゃないかということでカタログ通販のスタイルを取り入れました。
化粧品の包装は大抵箱に入って豪華にしているのですが、オルビスは「シンプルでいい」ということで、コンビニのあんパンの袋のような簡易的な包装にしました。
こうやって、親会社のポーラのやり方に華麗に反抗してきたのが、オルビスの創業経営陣でした。バブル絶頂期に、「シンプルに、本質的なコストパフォーマンスのいいものを」というスピリットを持ってやっていたんです。私はそのスピリットがすごく好きなんですよ。
誤解を恐れずに言えば、私は化粧品メーカーにいながら「アンチエイジング」という概念が好きではありません。エイジングに抗わなくてはいけない、シワができることは醜いという価値観を作ってきたのは化粧品メーカーの功罪だと思っています。
その価値観に対して反骨心を持っている創業スピリットが、今失われてしまっています。社内でも創業時のスピリットが忘れられているために、本質的な部分よりも「手段」を守ろうとしてしまう。もう時代が変わっているので、別にオイルカットという「手段」じゃなくてもいいんですよ。理念さえあれば、手段は時代ごとに変えていけばいい。しかしながら、その手段を変えるということに対してハレーションが起きてしまうのです。
長くやってきた「手段」を大事にしてきたものと勘違いする、または「手段」を変えると戦術レベルでは色々変更しないといけなくなるので面倒である、このどちらかまたは両方による抵抗感が強いのです。
だから私は、創業時のスピリットを復活させたいのです。そういう想いが、私を支えています。それをもう一度実現できた時に、必ずよくなると信じて、日々改革に取り組んでいます。
——改革を進めていく中で、これからオルビスにとってリスクとなり得る時代の変化にはどのようなものがあると考えられますか?
私は、オルビスにとって「化粧品の概念が変わる」ということが最大のリスクだと思っています。例えば、今、医療費がどんどん上がっているので、皮膚科に関するいわゆる命に関わらない症状などは医療費控除から外れたり、美容医療の概念も変わっていくと思っています。
そんな中で、アンチエイジングの概念とそうではない概念とが生まれてきた時に、化粧品というセグメントの考え方も変わってくるはずです。
私は、商品の中身でイノベーションを起こし続けるというよりも、「ビューティー」という枠の中で、ブランドとしての体験価値をどうやって提供していくかということの方が大切だと思っています。これからの多様性の時代、「ビューティー」は女性だけのものとは限りません。「ビューティーな生き方」というものに対して、どうブランドの体験価値を提供していけるのか。アンチエイジングというような恐怖訴求ではなく、「スマートエイジング」というコンセプトに基づいて、デジタルが前提の世界の中で、どのようにタンジブルな体験価値を創造し、提供できるのか。
もう単なる化粧品メーカーである、という考え方を外して、それを実現していきたいと考えています。
さいごに
まだ日本では浸透しきっていない「OMO(オンラインマージオフライン)」という概念をいち早く前提として取り込もうという考え方、そして、創業スピリットに対する溢れるリスペクト。ブランドに残すべき要素と切り捨てるべき要素。論理的な思考とエモーショナルな思考。小林さんのお話からはそれらのバランス感覚が絶妙であることが言葉の端々に感じられました。デジタルが前提の世界で、改革が進んだオルビスが提供するブランド体験がどのようなものになるのか、非常に楽しみです。
「ECのミライを考えるメディア」としては、オルビスがオムニチャネル化についてどのような構想を持ち、取り組みを進めているかといったお話も、また新たな機会を作ってお伺いしてみたいと思っています。