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「刺身が買えるEC」クックパッドマートは、オムニチャネルの最先端を走っている(後編)

昨年9月にローンチした「クックパッドマート」は、日本最大のレシピサービス、クックパッドが手がける日本初の生鮮食品ECプラットフォームです。

同サービスの事業責任者、クックパッド株式会社 買物事業部本部長 JapanVPの福﨑康平さんにサービス開発の背景から今後の展望まで、詳しくお話を伺いました。
ネットスーパーや食材の宅配サービスなど、食品にまつわるEC系のサービスは様々ありますが、クックパッドマートは、背景にある思想や目指している姿が、既存サービスとは全く違うということが福﨑さんのお話から見えてきました。
前編はこちら

後編目次:
プロフィール:福﨑 康平(ふくざき こうへい)
1991年生まれ。在学中にバザーリー株式会社を設立し、災害版民泊サービスである「roomdonor.jp」など運営。
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、習い事CtoC「サイタ」を運営するコーチ・ユナイテッドに入社。取締役を経て代表取締役社長に就任。事業売却のち、2018年にクックパッド株式会社に新規事業担当として入社。生鮮ECサービス「クックパッドマート」の立ち上げを行う。現在は、買物事業部本部長、JapanVPとして事業全体の統括を行う。

「配送ルーティング」の難しさ

——サービス開発において最も苦労された部分はどの辺りでしょうか?
福﨑:うーん、いっぱいありますね(笑)

中でも大変だったのは、配送のルーティングですね。例えばUber Eatsのようなサービスは1対1配送で、これはとてもシンプルなんですね。ただ、とても非効率なんですよ。なぜなら1wayなので、戻ってくる時間が全部コストになってしまうからです。それと、1対1はやはりコストがすごく高くつくんですね。

それを超えたのが1対nの仕組みです。例えば生協とかお酒の配達、飲食店向けの配達のように、一つの集荷拠点からn箇所に配達をする。

で、私たちがやっているのは、n対nの配送です。集荷先も複数、持っていく場所も複数なんですね。これがすごく難しくて、どう回ったら効率がいいかというのは、今もどんどん改善しながらエンジンを作っているのですが、これが本当に難しいのです。

どの受け取り場所でも安定的なユーザー体験を作らなくてはなりません。例えばここは50店舗分の商品が受け取れるけど、こっちでは3店舗分の商品しかない、ということはあってはならないので、配送管理の部分は今でもかなり悩みながらやっていますね。

ECで「美味しいお刺身」が買えるという衝撃

もう一点、ここが一番難しいところなんですが、温度管理ですね。食材を扱うので、私たちは大手配送企業の基準よりも厳しい温度基準で配送しています。

他の生鮮食品ECサービスを利用されるとよく分かると思いますが、肉や魚って、ほとんど冷凍で届くんですね。捌きたての肉や魚は温度管理が難しく、生で輸送ができないからです。だから、冷凍したものを、徐々に融けていくかもしれないけれど配送する、冷凍チルドみたいな方法で運んでいるのです。

でも、私は冷凍していない肉や魚が毎日食べられるサービス、例えばお刺身も買えるサービスを作りたかったし、やはりこだわりのあるお肉屋さんや魚屋さんって、冷凍という時点で門前払いなんですよね。

私たちは温度管理を徹底することによって、どんな販売者でも「それなら安心して預けられるね」という仕組みを作っているので、実現は難しかったですが、その分我々にしかできないポイントになっているかなと思っています。

——確かに、お刺身まで買える、というのは衝撃的でした。
福﨑:はい。日によって違いますが、マグロがサクで買えたり、ソイが一尾丸ごと買えたり。殻付きの生牡蠣も200円以下で1個から買えます。

やっぱり魚が買えるというのは、ユーザーの反響としても一番大きいですね。これまで手軽に鮮魚を買えなかった人から「いくらだったとしても買いたい」というような声までいただきます。

——クリーニング店で生牡蠣をピックアップするって、すごいですね。
福﨑:ぶっ飛んでますよね(笑)。品揃えもこれから3倍ぐらいになる予定です。

—魚も専門店ぐらいの品揃えがあるというのは、鮮魚店自体が減っている現状だと、それだけで斬新な顧客体験になりますね。
福﨑:おっしゃる通りです。あとはフレッシュチーズなんかもおすすめです。モッツァレラチーズとか、作りたてをその日のうちに買えます。味が全然違いますよ。

目指している世界で考えると「まだ100点中10点」

——先ほどルーティングというお話がありましたが、そこにAIを活用されたりはしているのですか?
福﨑:内製ではまだやってはいないのですが、外部サービスを駆使して取り入れています。それを内製化するかどうかという部分は、弊社の研究開発チームと一緒に話をしているところです。

——アプリのシステム開発自体は内製ですか?
福﨑:はい。スクラッチで開発しました。

——UI的に工夫した部分はどのあたりでしょうか?
福﨑:実は今まさに色々と改修しているところです。

元々は販売店が少なかったのでお店を一つ一つ紹介するUIになっていたのですが、店舗が増えて横断的になってくると、それだと比較検討がしにくくなってしまいます。なので、様々なお店が入っても検索しやすいように絞り込みを入れたり、そのあたりをどんどん改善していきます。

それから通常のECと違う部分で特徴的なのは、カートがすごく大きいところです。通常のECは1個、2個しか買わないことが多いですが、食材の場合は10個20個と買うので。

——どちらかというと、モバイルオーダーのオーダリングシステムに近い印象ですね。
福﨑:確かにそうですね。購入数を変えたりといった小回りが利く機能や、スマートキー的な受け取りの仕組みを色々試しながら作っています。ただ、目指している世界で考えると現時点では100点中10点ぐらいですね。レビュー機能や、お店からのコンテンツ提供など、やりたいことはまだたくさんあるのでまだまだ「これから」という感じです。

——レコメンド機能はいかがですか?
福﨑:レコメンドも、研究開発しています。やはり、お刺身を買った時にシソやわさびなどを提案できるようにしていきたいですね。

それから、販売者側のUIとして管理画面はこれからもっと充実させていく予定です。基本的にはどんな方でもここで販売できるようにしていきたいので、Airbnbで家を登録するような手軽さで販売店登録できるような仕組みを作っていこうとしています。

クックパッドマートが目指す「買い物の未来」と「ブロック肉チェーン」

——今後の展望や、クックパッドマートが目指していく方向性などを教えてください。
福﨑:買い物は、本来楽しいことだと思っています。並べられた食材をただ買うだけではなく、その「楽しさ」をどう作っていくかが重要なポイントです。

例えば、魚屋さんでの買い物体験であるような「この魚、ちょっと自信ないから買わない方がいいよ」と言ってくれるとか、「これは煮付けにすると美味しいよ」という提案のように、クックパッドマートで買い物をしていると、どんどん料理が楽しくなって上達していくというような体験を作って行きたいです。

今話しているのは、冷蔵庫の中身の写真を撮ったらオススメの食材が出てくる機能とか、1回テストしたことがあるのですが、自分が家で持っている調味料とかを入れておくと、その調味料に応じて食材を提案してくれる機能とか、その辺りは、これからやっていきたいですね。

やはり私たちはクックパッドなので、「毎日の料理を楽しみにする」という自社のミッションはすごく大切にしていますし、そういう意味でクックパッドマートは「レシピの次の雛形」と私は位置付けています。

それから、この話になると私が必ず言うのが「ブロック肉チェーン」構想です。

——ブロック肉チェーンですか?
福﨑:はい(笑)。人間って、平均すると牛肉を死ぬまでに2.4頭分ぐらい食べるらしいんですよ。それなら、二十歳になった時ぐらいに牛一頭の権利を買ってしまえばいいと思うんです。私はそれを「究極の定期購入」だと思っているのですが。

人は、同じ肉を食べるにしても「今日はカルビがいい」「今日はロースがいい」という風に需要が安定しません。だから供給サイドも全部揃えないといけません。しかし、肉であれ魚や野菜であれ、一生買い続けていくことになるのだから、家を買うのと同じで、今のうちに権利を買っておいて、場合によっては他人にそれを譲渡していくという購入の仕方もあるんじゃないかと、割と本気で考えています。

今の買い物は、スーパーに並んでいるものをその場で持って帰らなくてはいけません。しかし、私たちの考え方では注文と受け取りを切り離しているので、オーダー自体は10年後20年後まで入ってもいいと思うのです。すると、販売者としては「与信」を獲得できている状態になるので、安心してユーザーに安く提供できる、ということが起こり得るんですよね。

例えばクックパッドマートで1000人のユーザーがある店舗で10年先まで豚肉を買っている、となれば、それだけ信用できる店として融資が下り易くなるかもしれません。すると、その店舗が自社で枝肉工場の設備に投資できて、さらに肉を安く提供できるようになるというような、定期購入の先の世界、「超定期購入」みたいなことが実現できるのではないかと思っています。

肉を買う権利自体も人と共有できるようになると面白いですね。今、世の中で食材だけは唯一資産化されていません。毎回消費するものとしか捉えられていないのです。だから、ユーザーみんなで農場や豚の権利を買うといったことが健全な形でできるとすごく面白いですね。

生鮮流通の構造を本質的に変えることが買い物のイノベーションに繋がる

——ただ食品を売るだけではなく、事業を考える視点がかなり広いですね。
福﨑:基本的にどんな食材も育つのに時間がかかるんです。でも人は当たり前に食材が湧いてくるものと思っている。そのリードタイムをちゃんと把握した流通の仕組みを作ってあげれば、安くていいものが安定供給できるんじゃないか、ということはいつも考えていますね。

今の生鮮流通の仕組みが、一回中央に持って行って、そこから地方に分散させていくという、100年前の電話の仕組みと同じなのが問題だと感じていて、その構造改革を本質的にやらなくてはいけないと思っています。

例えば長野でできたキャベツもいったん東京の市場に持って行かれて、それが大手スーパーに配送されるとなると、コストが二重にかかってしまいます。そのような構造の中でラストワンマイルばかりを組み替えたところで質の悪いものが流通するだけで、本質的にユーザーが喜べる価値がそこにあるかというと、私たちの思想ではノーです。

肉にしても魚や野菜にしても、ほとんどの生活は地域で流通している食材で賄えるんですね。でも、今スーパーで200円で売っている野菜は150円が流通コストで50円程度しか生産者に入っていない。じゃあ、その50円を私たちがいただくので、100円で販売できるようにしましょう、そしたら生産者も消費者も嬉しい、というような世界を作っていきたいのです。

——そのようなアイデアはどのように検証されて実行に移されるのでしょうか?
福﨑:みんなを集めてとりあえず話します。「こんなのどう?」という感じで。で、1週間後にはプロジェクト化しているという。そこにアサインされるのも、私と目が合った人間ですね(笑)。

——すごいスピード感ですね。
福﨑:もちろん、オペレーティブなものはしっかり回した上でというのが大前提ではありますが。

私たちのスローガンに「Good is enemy to great.(グッドはグレイトの敵である)」というものがあります。「最高のことだけやろうよ」と、これは創業者の佐野がいつも言っているのですが、私自身もその考え方に賛成なのです。

さいごに

好きなものを好きな時に好きな場所で購入し、受け取れる仕組み作り、そして、自社のアセットを最大限活用し、あらゆるタッチポイントで買い物から料理を楽しくするための体験価値を提供していくという思想。それらを実現するためのデータ活用と研究開発への投資。

まだ構想段階のものも含めて、クックパッドマートは、単なる「食材EC」という枠を超えて、まさにアフターデジタル時代を生き抜くオムニチャネルの最先端を走っていると感じました。

クックパッドマートが、買い物という領域で今後(「ブロック肉チェーン」も含めて)どのようなイノベーションを起こしていくのか楽しみになるお話でした。

前編はこちら

■特集:ECから考えるオムニチャネル・OMO■
この記事を書いた人
池 有生
広告会社コピーライター、ウェブメディアライター等を経てエスキュービズム入社。趣味はサーフィン。3姉妹の父。ワーク・サーフ・ライフバランスの最適化を模索中。