LTV経営が持続可能なビジネスを実現する
日本語で顧客生涯価値と訳されるLTV(ライフ・タイム・バリュー/Life Time Value)は、ビジネスを存続させるため、そして中長期的に企業を成長させていくために不可欠な視点です。
LTVの向上は、少子化やデジタルに奪われがちな可処分時間といった「顧客減少の未来」に売上を伸ばしてビジネスの飛躍を目指すための対策ともいえます。
本稿では、LTV経営がなぜ必要とされているのか、またLTV向上のためにできることをBtoBのカスタマーサクセスと、ブランド価値を高めることの2点に着目しました。少子高齢の日本社会における企業の持続性とは何か、そしてビジネスが中長期的な成長を遂げるとは何かといった観点から、一人ひとりの顧客価値データ化の重要性についてまとめています。
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LTV経営に必要な長期的視点
LTVは、1人の顧客が取引を始めて終えるまでの間に、企業にもたらす利益の総額を意味します。一般的に、ロイヤルカスタマーほどLTVは高くなる傾向にあり、良質な顧客を多くそして長期的に獲得すればするほど、企業にもたらされる利益は高くなる計算です。
新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するよりも5倍近いコストがかかるという試算もあり、新しいユーザーを獲得する前に今いる顧客を「育てる」ことはコスト追求の面からも妥当といえます。
また、LTVを意識することは自社の顧客基盤をデータによって可視化し、中長期的な売上目標や予測を立てられるというメリットもあります。
顧客数が減少する未来
LTV向上がキーワードとなる背景には、リカーリングレベニュー(継続的収入)を重視していくという昨今のビジネス傾向も関係しています。
一時的な収益増を求めるのではなく、継続的な収益を見ていくことで安定した企業成長が期待できるからです。NETFLIXやApple
Musicといったサブスクリプションサービスも、一種のリカーリングレベニューが見込める契約の一種といえるでしょう。特定の商品やサービスを定期購入してもらうことで、企業は実際に販売した商品利益だけでなく、未来の売上利益を確保することができます。
例えば何らかの商品やサービスに対して3年の一括契約を行った顧客がいる場合、1年毎の損益計算書では1年分の利益しか可視化されません。ですが、実際には1人の顧客がすでに3年分の契約を締結して(あるいは料金を支払って)います。LTV向上のためには、こうした残存収益をデータとして可視化するのは重要でしょう。
日本で生まれる子どもの数は40年連続で減少しており、日本のみに市場を絞った場合の顧客の絶対数は、減少の一途を辿ることになります。そのため、今以上に一人ひとりの顧客に対して適切なフォローを行い、「顧客を育てていく」ことが企業成長のカギを握ると考えられます。
可処分時間にいかに入り込むか。印象的な顧客接点をつくる
LTV向上のためには、近年ますます小さいパイの奪い合いという様相を呈してきた可処分時間に、いかにタッチポイントを創出するかが焦点となります。
世界的に見ても人々の可処分時間はその多くがデジタル、とりわけモバイルに充てられています。
人々がモバイルに触れる時間は増加の一途で、アプリ市場データプラットフォームを提供しているApp
Annie Japan株式会社は、人々がモバイルに向き合う時間は多い場合で1日あたり4.8時間にもなるというデータを公表しました。
総務省の「社会生活基本調査」によると、日本人が得られる可処分時間は1週間あたり約105〜106時間。ですが、平日に限ると可処分時間は約14時間程度で、一日あたり2.8時間しか「自由な時間」はないという計算になります。
モバイルは仕事として触れる時間も多いため、「モバイルと向き合う時間」が可処分時間とそのままイコールで釣り合うわけではありませんが、両者のデータを組み合わせるとデジタルを通じた顧客接点作りは重要なファクターであることは明白でしょう。
とはいえ、一律的な広告やアプリ通知をするだけでは、顧客それぞれに合致する接点を創出することはできません。多くの広告や通知に紛れて素通りされてしまうだけでしょう。
限られた時間の中にいかに入り込むかという点をクリアするためには、顧客それぞれのニーズを的確に分析する必要があります。
ここで重要になってくるのが、顧客ごとの購買履歴や購買の頻度といった要素です。LTVは次の項で紹介する4つの要素から成り立っており、要素を組み合わせて分析していくことでそれぞれの顧客に最適な提案が実現します。
LTV向上のために目指すこと
LTVは、次の4つの要素から決定づけられます。
- 1. 平均購入単価/1回
- 2. 利益率
- 3. 平均購入回数/年
- 4. 平均継続年数
つまりLTVを向上させるためには、この4つの要素あるいはこの内のいずれかを改善する必要があります。
これらを改善するために具体的には、アップセル(一度購入したものよりもグレードの高い商品の購入を促す等)やクロスセル(すでに購入した製品の関連商品やサービスを提案する等)、商品を改良して値上げする、という施策の他に、商品のバリエーションを増やすことも効果があります。
行動経済学の「極端回避性」を活かすと、商品バリエーションを増やすことで中間の価格帯がもっとも選ばれやすくなるため、この動向を用いて商品全体の価格帯を上げたり顧客の志向をある方向へと誘導できる可能性もあります。
また、平均購入回数や平均継続年数を上げるためには、解約理由をヒアリングすることも効果を発揮します。サポートセンターやアンケートによって顧客の不満を洗い出し改善することで、全体の売上が向上する効果が期待できます。
尤も、各顧客が継続して契約・購買をしてくれるようなシステムづくりも重要です。購買の頻度が落ちてきた顧客に対して適切なタイミングでリマインドをかけるプログラムを構築するのも有効でしょう。
その際には、カスタマーサクセスについて、施策検討のコンセプトとして把握しておく必要があります。
カスタマーサクセスの提供
一人ひとりのカスタマーサクセスを追求することがLTV向上に繋がり、その延長線上に中長期的なビジネス成長もみえてきます。
カスタマーサクセスは、当初BtoB向け、とりわけSaaS企業(Software
as a Service)向けに提唱されたキーワードとされていますが、これからの社会においてはBtoCビジネスでもこのカスタマーサクセスが顧客に求められていくと考えられています。
よく似た言葉であるカスタマーサポートが、顧客の問題を受けて解決していくという受動的な業務を中心としているのに対し、カスタマーサクセスは顧客に対して計画的な対応をして顧客の高感度や継続率を高めていくという能動的な役割を担っています。
BtoCのカスタマーサクセスの究極の到達点といえるのは「この商品、ブランドを使っている自分が好き」と思ってもらうこと、つまり顧客をブランドや企業のファンとして育てることです。
商品やサービスを購入するのは、消費者にとって通過点に過ぎません。購買行動の先には、余暇時間の充実であったり住まいや身の回りの充足であったり、顧客の数だけ多様なゴールがあり、それらを満たすことでBtoCのカスタマーサクセスは実現します。これは、「ドリルを買っていく顧客が本当に欲しているのはドリルを使って作り出す『穴』である」という有名な例え話が分かりやすいですね。ドリルは穴を作り出す手段であり、目的(ゴール)はドリルというツールを使って穴を得ることにあるという話です。
このカスタマーサクセスは、的確な顧客接点を継続して行うことで構築できます。
可処分時間の項目で述べたように、顧客の細切れの時間に入り込むメールやアプリという「テックタッチ」、企業や店舗が不特定多数を接点としてワークショップ等を展開する「ロータッチ」、リアル店舗や訪問販売等1対1の接点である「ハイタッチ」を要所で展開し、顧客をロイヤルカスタマー化することで、カスタマーサクセスの提供ひいてはLTVの向上を目指すことができます。
いわば、ドリル(手段)としてカスタマーサクセスの提供があり、それによってLTVの向上という穴(目的)が得られるということになります。
ブランド価値のアップ
企業から発信されたCMやSNSのプロモーションが消費者に批判され、炎上するといったニュースが話題になると、積極的なメッセージ発信をためらう企業もあるかもしれません。事実、奇を衒ったメッセージを攻めの姿勢で発信するよりは、無難で消費者から批判されにくい守りのコミュニケーションに徹した方が安心だとする風潮もあります。
ですが、現代の感覚に合った価値観のアップデートがなされていれば、多様化というキーワードが頻繁に聞かれるようになった社会において、攻めのメッセージを発信してブランド価値を高めることは不可能ではありません。ブランド価値の向上は、顧客を、前述した「このブランド(商品・サービス)を使っている自分が好き」というカスタマーサクセスの到達点に導いていくことにも繋がっていきます。
息の長いビジネスの創出
顧客の絶対数が減少していく日本において中長期的な企業成長を目指すためには、消費者の潜在的な好感を高められる、息の長いビジネスを意識する必要があります。
従来であれば、好感や親密性といった指数はデータ化するのが難しいと思われていましたが、現在ではアプリやメルマガ、実店舗とオンラインショップの顧客データ統合といったシステムを使えば可視化できます。実店舗とオンラインでどのような商品を購買したのかという履歴が明らかになると、顧客ごとに適切なタイミングでメルマガを配信したりリマインド通知をしたりと、LTV向上のための施策が打ちやすくなります。
また、データが集積されることで、パッケージを工夫して類似商品の中から手に取ってもらいやすくする、アプリと連動して継続購買のインセンティブを用意する、といった購買層に合わせたプロモーションが展開可能になります。
一時的なプロモーション費用がかさんでも、ブランドのファン=固定客として消費者を囲い込めると考えれば中長期的な収益増が見込めるといえるでしょう。
従業員も含めたビジネス全体の持続性を考える
終身雇用制が当たり前ではなくなった現代社会においては、従業員が働きやすい環境を整えることも重要です。働いていた従業員が転職すれば、顧客に変わるかもしれません。
BtoC企業においては、「就活生は選考から漏れても顧客としてその企業と関わりをもつかもしれない」という考え方がありますが、これからは従業員であっても決して定年退職まで社内の人間でいるとは限らないというマインドをもっておくべきではないでしょうか。
働きやすい企業体制は、従業員の効率もアップする上、働きやすさを求める優秀な人材が集まりやすいという利点も生み出します。従業員の働きやすさが企業を持続させる、そして飛躍させるというマインドをもっておくことはLTV向上に対してプラスにはたらくはずです。
これからLTV向上を目指していくためには、つまりブランド(企業)をずっと好きでいてもらうためには、社内・社外を問わず持続性に着目した環境づくりが求められるのではないでしょうか。