DX推進のために小売企業が求めるデジタル人材とは
DX化を推進するにあたり、ネックとなっているのは、デジタル人材の確保です。
小売業界に求められる人材は、ECやフルフィルメントに精通している経験者ですが、データエンジニア、データサイエンティスト、データアナリストといったデータ専門職をはじめとしたデジタル人材は完全なる売り手市場で、大手企業も積極的に採用を行なっています。
本格的なDX化を実行する際、こうしたデジタル人材の確保、育成は急務であり、雇用条件の緩和や、人々の暮らしに近いところで働く醍醐味といった要素をアピールポイントとして、積極的な確保に動いていく必要があると考えられています。
なぜなら、DX推進のトレンドは内製化であり、これを達成するには、デジタル人材の確保(育成/採用)が不可欠であるからです。デジタル人材を社内で確保することにより、DX化の本来の目的である「ビジネスモデルの根本的な変革、進化」を達成できる可能性が高まります。
内製化によって、企業は変化のスピードが早い現代社会で生き残ることが可能になり、予測不能なアフターコロナにあっても成長していくことができるでしょう。
本稿では、このDX推進の目的達成において重要なデジタル人材の確保について、人材育成と採用の両面の可能性を考察しています。
また、カインズ等、すでに成功を収めつつあるDXの事例を紹介しながら、DX推進の内製化について考えていきます。
DX推進を支えるのはデジタル人材
DX推進は、AIやデジタル技術によって自動的に行われるわけではありません。
自社に最適なシステムを構築するのは人であり、それを運用して企業そのものを成長させていくのも人です。昨今は、人、具体的には「デジタル人材」の確保に各社が奔走しています。
しかし、デジタル人材といっても具体的にどのようなスキルや経験を持つ人材を確保すれば良いのかが定まっていないというケースも散見されます。
「DX化を推進して何を得たいのか」というゴールを定めないと、必要なデジタル人材の採用もうまくいかない可能性があり、戦略検討は袋小路へ迷い込んでしまいます。 しかし、デジタル人材といっても具体的にどのようなスキルや経験を持つ人材を確保すれば良いのかが定まっていないというケースも散見されます。
ゆえに、デジタル人材の確保については、まずDX推進における企業としての目標を定める必要があります。
デジタル人材の確保はDX課題の一つ
デジタル人材と一言で表しても、そのスキルと専門性は多岐に渡ります。
そのため、自社がDXでどのような課題を解決したいか、中長期的にどのようにビジネスモデルを変革していきたいか、といった目標設定をまず行い、その達成のために必要な人材を求めていく必要があるでしょう。
とはいえ、有用なデジタル人材はどの業界でも採用を競う状態になっています。
特に採用が難しいのは、データ専門職です。データ専門職には、蓄積された顧客データを的確に運用できるデータエンジニアや、データを施策に役立つように構築、分析するデータサイエンティスト、分析されたデータを現場向けに具体化するデータアナリスト等がいますが、いずれも人材不足の傾向にあり、各企業がこぞって優秀な人材を確保しようと動いています。
また事業内容によっては、こうしたデータ関連のエキスパートだけでなく、セキュリティ関連に精通しているエンジニアや、プライバシー保護、データのガバナンスについてエンジニアが必要になるケースもあります。
すでに「改正個人情報保護法」が4月から施行されて約半年が経過していますが、サードパーティクッキーを規制する動きもあり、今後もデータを第三者が活用するためのハードルはどんどん高くなっていくことが予想されます。
変容し続けるデジタル社会に適応するためにも、デジタル人材の確保は急務といえるのです。
小売領域ではECやフルフィルメントに関するスキルが重要
日本の多くの企業は、コスト削減や扱う製品の品質改善、業務フローの改善をDX化の目的として掲げています。
しかし、本来DX推進とは、業界における自社の立ち位置や提供価値そのものを進化させるために行われるものであり、新規事業の拡充等を通して新たな価値を創出するためのプロセスと考えるのが理想的です。
こうした観点から求めるべきデジタル人材の像を描くと、小売領域では、ECやフルフィルメントに関するスキルを保持しているかどうかが重要なポイントになってくるでしょう。
小売業界では、近年、実店舗と通販の垣根をなくすOMOを意識した施策や、D2C(Direct to Consumer/消費者直接取引)のシステム整備が活発化しています。
大手通販モールを通さずに自社サイトから直接顧客へ商品を販売するD2Cは、言うまでもなく、システム構築、運用、マーケティングのあらゆる面でデジタル人材が必要です。
新しくD2Cモデルを立ち上げようとした場合、即戦力となるのは、実際に自社ECの構築と運用に携わっていたエンジニアやマーケティング部門経験者です。
自社ECの運用は、まず消費者の目に留めてもらうところから様々な戦略が必要になります。また、商品を認知が成功して商品を購入してもらえるようになってからも、在庫把握から物流、アフターケア等いわゆるフルフィルメントに含まれる膨大な業務を滞りなく行なっていくのは容易ではありません。
D2Cモデルの構築を検討している場合は、こうした業務の経験者、あるいは精通している人材が適していると言えるでしょう。
デジタル人材は、様々な業界の大手企業も募集をしていて、大企業と採用を競い合う状況にあります。
これまでは大企業並みの給与を支払えない等の理由で、人材の採用が難しいとされてきました。しかし、近年は職種によってリモートワークをOKとしたり、フレックスタイム制を提供したりと多様な働き方を提供することで採用に成功しているケースも見られます。
小売は、その他の業界と比較すると人の暮らしに近く、仕事に携わるデジタル人材が物理的な達成感を感じやすいという特徴があります。
デジタル人材の採用においては、この強みを活かしてみるのも有効ではないでしょうか。
小売大手のDX戦略事例
小売大手で注目されているのは、子会社として本体のデジタル施策を行う機関を設立し、システムやデジタル技術の開発を内製化する動きです。
本記事で取り上げている三社は、経営陣がDX推進の必要性を理解し、土台づくりと人材確保を段階的に準備しているという点が共通しています。
日進月歩で進化を遂げていく現代のビジネスシーンにおいて、DX化によって業界の競争で優位に立つためには、スピード感が求められます。
自社に合った施策を的確なタイミングで講じていき、その実施データを分析してさらに新たな施策を重ねるという過程が、DX化成功においては不可欠です。スピードと最適化の両方を達成できる手法として、内製化が注目され、各社に動きが見られます。
カインズ
ホームセンター業界を牽引する企業であるカインズは、2018年から「IT小売企業宣言」を掲げてDX推進を行ってきました。
カインズのデジタル戦略は、「Stress free」、「Personalize」、「Community」、「Emotional」という4つの柱をもつ顧客体験施策と、「めだまオヤジ大作戦」というユーモラスなDX施策から成り立っています。
4つの柱から構築される顧客体験施策は、店舗空間とデジタル空間の垣根をなくした顧客体験を目指すもので、OMO的な顧客体験を意味しています。また、同社ブランドの製品開発に注力し、ブランド力を高めると同時に店舗空間に統一感を持たせることも意識されています。
さらに、それを下支えするものとして社員の働きやすさを「Kindness」として掲げています。小売の現場で働く社員が働きやすい企業体制を整えること、また愛着を持って所属できるような企業となることがDXの土台になるとして、様々な取り組みが行われてきました。
カインズは、こうした施策を行うにあたり、デジタル人材のために新会社カインズテクノロジーズを設立、時代に合わせた価値観の創出に成功しています。
これにより、商圏の内と外、会員か非会員かといった項目をチャート化して、それぞれのターゲットに合わせたマーケティングを展開することで、認知度を高めることにも成功しています。ちなみに、このチャートが目玉のように見えるため、プロジェクトが「めだまオヤジ大作戦」と名づけられたようです。 カインズは、こうした施策を行うにあたり、デジタル人材のために新会社カインズテクノロジーズを設立、時代に合わせた価値観の創出に成功しています。
ニトリ
ニトリは、今年の4月に新会社ニトリデジタルベースを設立し、グループ全体のDXを推進しています。
もともと、ニトリグループは商品の企画、原材料調達、製造、物流、販売を包括的に行う「製造物流IT小売業」というビジネスモデルを構築し、売上を伸ばしてきました。
このビジネスモデルの立役者は、同社のIT人材です。顧客に便利な機能を搭載したアプリの開発だけでなく、類似商品をレコメンドする機能や、実店舗のコーディネートをパソコンやスマホから閲覧できる3Dのバーチャルショールームも、同社で内製開発されました。
ニトリはさらに、2021年に350人だったIT人材を、2025年に700人、2032年に1,000人規模まで増員する予定で、内製開発の強化に向けて準備を進めています。
ビックカメラ
ビックカメラも、今年6月にDX宣言を発表、ITエンジニアを数百人規模で採用して、9月に新会社ビックデジタルファーム設立の発表を行いました。
まずは本格的なDX化、内製化に向けてクラウドをベースとした環境づくりが進められていくようです。
現在のビックカメラの基幹システムはオンプレミスで稼働していますが、これを来年中にAWS(Amazon Web Services)へ移し、米国のMuleSoftのAPI型接続ツールを活用して、開発スピードを上げていく戦略が取られています。
今後は、都市部に店舗が多いという特性を活かし、DX化したからこそ可能な戦略が講じられていくようです。
DX推進の人材面でのポイント
現在、多くの日本企業はDX推進プロジェクトの殆どを外注しています。外注する主な要因は「社内にデジタル人材がいない」、「ノウハウがない」、「DX推進の具体的な道筋が描けない」というものです。
しかし、DX化はアフターコロナを生き抜くための企業における生存戦略であり、ビジネスのあり方そのものを変革して大きく飛躍するためのプロセスであるべきです。
DXを外注することは、企業の新しいあり方を外部に委ねてしまうことにもつながりかねません。コンサルタントや研修制度を利用しながら、社内のデジタル人材育成、確保、DX化を進めていくのが理想的です。
人材育成か、採用か
国内にある企業は、十分なデジタル人材を確保することができていない傾向にあります。 そのため多くの企業にとって、DX化の第一歩はそのための人材を育成するか、新たに採用するかという選択から始まるのではないでしょうか。
新たに採用する場合は、前述の通り時には大企業と肩を並べて採用業務にあたる必要があります。雇用条件を柔軟に検討する等、給与以外のインセンティブを与えることで、優秀な人材を採用できる可能性が高まるでしょう。
なお、社内で人材育成する場合は、選抜した特定の従業員をデジタル人材とするのか、社内全体のデジタル化底上げを図るのか、といった選択もあります。
IPA独立行政法人情報処理推進機構が発行している「DX白書」によると、社内でデジタル人材を育成する場合、企業の状況は、本人がデジタル人材となることを希望して育成が行われるのが43.6%、研修等による社内全体のデジタル人材化が43.6%、会社によって選抜された人材の育成が30.4%となっています。
いずれの手法にせよ、デジタル人材の確保はすぐに始める必要があります。
今後10年、20年のスパンでECは伸長を続けることが予想されていますが、そのスピードと進化の過程は誰にもはっきりと見通すことが難しい状況です。
コロナ禍によって急速なデジタル変革が行われた今、デジタル人材の確保はどれだけ急いでも「早すぎる」ことはないのです。
内製化によるDX推進を視野に
社内でのデジタル人材育成は、企業自体に新たな視点や考え方をもたらしてくれる可能性があります。デジタル人材の採用も同様に、アフターコロナ後の変容した社会で活躍できる企業体制づくりに有効でしょう。
人材育成、人材採用のいずれも、DX推進の内製化を整える有効な手段となります。
企業として優秀なデジタル人材を抱えて共に成長していくことが、真の意味でのDX推進といえるのではないでしょうか。