止まらない物価高、まとめ買いや価格重視のニーズ見極めるEC展開を
給与の上昇が追いつかない速度で、物価上昇が続いています。
企業はコスト削減の施策を行なってはいるものの、食料品、日用品、テーマパーク料金、車両価格といったあらゆる商品・サービスが価格改定を行なっています。
消費者が購入する最終価格を示す消費者物価指数は、前年の同じ月から比較して約3%上昇しており、今後も上昇していく見通しと、政府は発表しています。
ECビジネスにおいてもこの影響は色濃く、市場の状況は変化しています。
コロナ5類移行によって外出の需要が高まり、巣篭もり需要が減少した事と併せて、求められる商品や購入スタイルが変わってきました。商品・サービスの購買を検討する時に「価格の安さ」が第一の決め手になっていて、安く購入しやすい「まとめ買い」や「シェア買い」のニーズも高まっています。
こうした状況の変化によってECを含む無店舗小売業の倒産件数は増加していますが、物流コストの削減については共同物流が政府によって促進される等、光も見えています。
本稿では、物価高に関する具体的なデータと、消費者の肌感覚が見えてくる購買傾向を見ながら、ECビジネスにおける市場の変化とこれからの可能性について紹介しています。
物価高の傾向が継続、各業界で苦慮
値上げされた商品の増加や、価格は据え置きで内容量が減っているシュリンクフレーション現象に遭遇することが多くなるなど、物価高が社会問題になっています。
給与自体は昨年と比べて上昇しているとされていますが、物価高を反映させた実質賃金は、2ヶ月連続でマイナスと、給与の増加が物価上昇に追いついていない状況が長引いています。
東京23区の「生鮮食品を除く食料」は、47年ぶりの高水準となりました。さらに、携帯電話機、洗濯用洗剤、トイレットペーパー、タクシー代、宿泊料等が軒並み上昇しています。
ディズニーランドとディズニーシーも、10月1日より、7,900円~9,400円の4段階から、7,900円~10,900円の6段階という新しい料金システムへ変わると発表がありました。チケットの価格が10,000円を超えるのは、同パークで初の事です。
とはいえ、世界的にあらゆるコストが高騰している中、企業が製造や販売のコストを価格に転嫁し切れているわけではなく、コスト削減の施策を組み合わせてやむを得ず価格改定を実施する企業が殆どと言えそうです。
消費者物価指数は3%程度で依然物価高
23年6月の消費者物価指数(Cpi)は、昨年の同じ月と比較して3.2%上昇しています(天候の変動に左右される生鮮食品を除く)。
嗜好品や贅沢品が購入されるイメージの強い百貨店でも、お中元として醤油や食用油といった生活に身近な消耗品を選ぶ消費者が増えている等、物価高の影響が色濃くなっています。
この物価高の傾向は当面続くとされており、総務省はこの指数が4.2%程度今後上昇するという試算を公表しています。
東京23区の指数は、先行指標として全国に先駆けて公表される数字です。6月の全国の指数は7月21日に公表されるので、こちらが上昇していれば今後も全国的に物価高の状況が続く事になります。
価格に転嫁されるコスト
値上げ幅の大きいものを具体的に挙げると、卵が35.6%上昇、洗濯用洗剤が19.9%、炭酸飲料、外食のハンバーガーが17.1%、トイレットペーパーが15.3%となっています。
さらに、自動車メーカーも、鉄鋼等の原材料価格高騰、物流コストの世界的な上昇を理由に、各社が値上げに踏み切っています。当初はモデルチェンジに合わせて車両価格を上げてきた自動車メーカーですが、ここに来て2%〜10%程度、現行車種の値上げを行うと発表されました。
多くの業界で人件費の上昇が深刻化している関係でコストが高騰していて、値上げをしてもコストを転嫁しきれないという企業も少なくありません。
とはいえ、あまり商品価格を上げると、消費者が離れる懸念もあります。小売り店舗やサービス業では、コスト削減と値上げを両方行いながら、顧客離れが起こらないよう、苦慮しているところが多く見られます。
クリーニング業では、顧客ニーズの高いYシャツは料金をそのまま据え置き、セーターやズボンといった他の商品の料金を上げるといった対策がとられています。光熱費の高騰や、ハンガーや洗剤の仕入れ価格上昇といったコスト高は、価格を上げても吸収しきれない程拡大していて、どの業界も試行錯誤が続いています。
ECでの購買ジャンル、購買理由にも影響
ECにおいても、物価高は購買ジャンルや購入する理由に影響を及ぼしています。
ネットショッピングでは、購買理由として価格の安さを魅力に挙げる消費者が多く、同様の理由からCtoCのフリマアプリも売上が好調です。
日用品を幅広く扱う大手モールは、同社のサービスを複数利用するとポイント還元率が高くなるキャンペーンや、キャッシュレス決済と提携したポイントUPキャンペーン等が功を奏して、20代を中心とした若者層に支持されて売上を伸ばしています。
天井の見えない物価高にあって、割安感を感じやすいフリマアプリや、いつもより高い還元率でポイントが得られる大手モールはお得感があり、消費者が利用しやすい土壌が整っていると言えそうです。
一方で、苦戦を強いられているのがアパレルECやフードデリバリーです。巣篭もり需要が落ち着いた事で、アパレルは実店舗に人が流れる傾向が見られます。
また、フードデリバリーは外食や中食(テイクアウトして自宅等で食べる)と比べて、配送料や手数料がプラスされて割高になるため、実店舗へ回帰する流れが顕著になっています。
ECは、物価高による原材料高騰、実店舗への回帰といった現状にどのような施策を打っていくかという課題に加えて、物流の2024年問題、少子高齢化による働き手不足といった課題も抱えています。フードデリバリー事業では、売上の低迷で配達員への報酬額を下げる企業もあり、賃上げの風潮に逆行するような施策によってさらなる人手不足に陥るのではないかと懸念されています。
消費者は、「賃上げの幅が物価高に追いついていない」という感覚を常に抱いていて、「今後も物価は上昇していく、けれど給与水準はそれに追いつくほど上昇しないだろう」というムードがあります。
このムードに合わせたお得感のある取り組み、またはコストに見合うサービスであると思わせる施策が、今後のECには必要になってくるかもしれません。
また、旅行や外食といった特別なシーンでは贅沢をする傾向も顕著なので、ECならではの購買体験、ここでしか買えないという体験価値を創出する手法も有効です。
価格重視に傾く購買理由
日本銀行が実施したアンケートによると、回答者の94%は物価高を実感していて、85%の人が1年後も物価は上がっていくだろうという予想をしている事が分かっています。
消費者のこうした肌感覚は、商品やサービスを選ぶ基準に反映されており、回答者の約6割が選ぶ基準として、「価格が安い事」を挙げています。
その他の重視するポイントについても「長く使える」という耐久性や安全性、機能性を重視する選択肢が選ばれていて、いわゆるコスパの良い商品・サービスを求めている事が分かります。
この価格重視の風潮により、スーパーマーケットやドラッグストアのPB(プライベートブランド)を選ぶ消費者も増えています。
日用品や日々の食料品は、価格重視で消費を抑え、旅行や外食といったシーンでは積極的に買い物をするという節約と贅沢のメリハリをつけた購買スタイルが、現在の消費行動の傾向になっています。
旅行、外食など外向き消費は伸びる傾向
コロナが5類に移行したことで、旅行や外食といったこれまで自粛傾向が続いていた分野の消費は、大きく伸びる傾向にあります。
実際、大手ECモール運営企業が公表した23年夏のトレンド予測を見ると、国内旅行やアウトドア、帰省といったイベントに使う予算を増やす傾向が見られます。
外出では、混雑を避ける「分散旅行」や、日常から離れてリフレッシュするのを目的とした「リトリート旅行」がトレンドになる等、お金をかけるなら人混みに揉まれるのではなく、日々の忙しさやルーティンから解放されて束の間リラックスしたいというニーズが見えてきます。
節約やまとめ買い、シェアで物価高対策
物価高対策として消費者が注目しているのが、「まとめ買い」や「シェア買い」です。
まとめ買いは、このワードを含む商品の流通額が前年同時期と比較して1.5倍程に伸びる等、「少しでも節約したい」という消費者意識が垣間見えます。
日用品・食料品を共同購入するシェア買いは、家族や友人と一緒に購入する楽しさや、専用アプリで見知らぬ人と共同購入を呼びかけ合うというゲームのようなショッピング体験に目新しさがあり、楽しみながら節約できるとして支持されています。
ECビジネスが直面する課題に対抗するには
ECビジネスを含む、無店舗小売業(TVショッピング、産地直送、ECビジネス等)の倒産件数は、2022年度に前年度比10.2%増となりました。倒産件数が前年度を上回るのは3年ぶりで、最も多い倒産理由は、販売不振となっています。また、競争の激化で事業継続が困難になる事例も増えていて、資本金1,000万円以下、従業員数10人未満の小規模事業者にとって厳しい時代となっています。
ECビジネスは、実店舗を構える事なく家賃や人件費といったコストを抑えながら展開できるのが特徴で、小規模事業者でも少ない資本で参入できるのがメリットでした。
しかし、市場の成長が鈍化、縮小している事で、小規模事業者が淘汰の波を受けやすい状況になってしまっています。
天井の見えない物価高をくぐり抜け、節約意識の高まっている消費者に購買欲を抱かせるには、新しいショッピング体験を提供したり、体験価値も含めて払った金額が「お得」だと感じられたりするような、今までにない施策が必要になっていくでしょう。
ただ、明るい話題もあります。
2024年問題を間近に控えた物流の課題に対して、公正取引委員会は「持続可能な物流検討会」を開いて、共同物流に関して独占禁止法には抵触しないという報告を行いました。
また、政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」において、共同輸配送及び物流事業者間の協業を促進する方針を明記しています。
これらは、共同物流にいわゆるお墨つきを与えるもので、大手荷主を中心に共同物流を検討する動きが加速すると予想されています。
商品カテゴリや配送地区別に別企業の荷物を積み合わせて配送するシステムは、すでに大手企業を中心に行われていて、これが促進される事で配送のローコスト化や効率化が達成されています。
共同物流が当たり前になれば、ECビジネスにもまた新たな可能性が生まれるかもしれません。