カスタマーサポート部門がブランドを作る!アンカー・ジャパンは、どうやって5年で10倍以上の成長を実現したか(前編)
2011年の設立以来、高性能なモバイルバッテリーの販売を中心に躍進したAnker。国内においても2013年に日本法人であるアンカー・ジャパン株式会社を設立し、コアなファンを生み出し続けています。
最近では、手がける製品の領域をオーディオや家電にまで広げ、オンラインに強かった販売チャネルに続いて直営店の展開も加速。アンカー・ジャパンとして昨年度の売上はついに100億円を達成しています。
この、目を見張るほどの急成長の背景にはどのような思想と戦略があるのでしょうか。
日本法人の設立以来、ビジネスの成長を一手に担ってきたアンカー・ジャパン株式会社 執行役員 事業戦略本部 統括の猿渡 歩さんに詳しくお話を伺いました。
前後編に渡り、たっぷりとお伝えします。
猿渡さん(以下、敬称略):そうですね。7月は2回ぐらい講演に登壇しました。ad tech Tokyoからも依頼をいただいたので出演予定です。コーポレート全体の話だと社長の井戸が受けるのですが、ビジネス系の話は私が受けることが多いです。
梅木:ビジネスと言う意味では、プロダクト製造以外のところは全て、本国ではなくアンカー・ジャパン主導で実現していける体制なのですか?
猿渡:そうです。製品開発系の機能以外は全部揃っています。私の見ている範囲としては、オンラインセールス、量販店などのリテールセールス、マーケティング、あとは事業開発と経営企画という感じで、ビジネス全般をチーム制にしてやっています。
梅木:御社はオンラインセールスで短期間のうちにすごく伸びましたよね。そのままオンラインで伸ばしていく、という選択肢もあったと思うのですが、その中であえて直営のAnker Storeを展開したのはなぜですか?
猿渡:直営店は、今ちょうど1年ぐらい経った事業なのですが、もともとは私が入社した当時からせっかくハードウェアを扱っているのでやりたかった、というのがあります。それで実験的にスタートしたものなんですよ。大阪のららぽーと EXPOCITY店も当初は3ヶ月限定のポップアップの予定でした。
梅木:そうなんですか。
猿渡:やってみたら売上も思ったより良かったんです。三井不動産様からも「延ばしませんか」と言われ、その後も複数回延長の機会をいただくことができ、実質常設店舗みたいになっています。
猿渡:オンラインではお客様の声を直接拾えるのですが、量販店経由だとその声を拾いづらいわけです。メーカーとして自分たちのお店でお客様と直接コミュニケーションできるのはプラスになる、というのが理由の一つです。実際に人はどんな悩みを抱えているのか、どのように迷って製品を手にしているのか、欲しがっている製品は何か、そういった声を研究開発に活かせるのは、弊社の「Empowering Smarter Lives」というミッションに沿っているので。
梅木:売上についてはどうですか?
猿渡:売上はもちろん追いかけるのですが、そこだけで考えるとどうしても場所がよくて店舗も多い量販店の方が効率的、ということになってしまいます。でも、直営店にはPR的な効果もあわせて考えています。
例えば南青山店で言えば、売上は量販店に比べると見劣りするところもあるかもしれませんが、あの土地で看板を出していたら、毎月100万、200万が簡単に飛んで行くわけじゃないですか。ですから、ビジネスをしながらPRもできていると考えています。
セブンヒット理論などでも言われているように、人は複数回接触したものをより認知して買いやすくなるというデータもあるので、Amazonで見ていきなり買うというよりは、量販店でも見て、「そう言えば直営店もあったな、行ってみよう」となって、最終的にはAmazonで買っていただいていてもいいと考えています。
梅木:副次的な効果も大きいということですね。
猿渡:もう一つ、セールス的な要素でいうと、例えばストアのポップ作りなどでも直営店での学びを量販店でも活かせる、ということもあります。弊社の製品は似たようなものが多いので、以前、比較表を作ったことがあるんですけど、お客様はそもそも比較表の見方が分からなかったりもします。「電流って?」「コネクタって?」など、製品に係る専門的な知識に長けているお客様ばかりではないので、このようなシーンで使いたいあなたに必要な製品はこれです、というように分かりやすく訴求した方がいいよね、といった学びを得るためにも、直営店は役立っていますね。
猿渡:大きくは2つの層があります。一つは元々Anker ファンで、リアルで製品を見たいという方が増えています。特に最近はプロジェクターやロボット掃除機など比較的価格の高い製品が増えてきたこともあり、購入前に手に取って見たいという方は多くいらっしゃいます。もう一つは、やはりスタッフに相談しながら自分に合った製品を選びたいという、テックにあまり明るくない方ですね。これまでのチャネルのお客様と被らない層が取れるという意味でも直営店はプラスになっています。
梅木:御社の購買層としては、30代40代がボリュームゾーンですか?
猿渡:20代~40代の男性がメインですね。Facebookのアンカー・ジャパン のページをライクしている人も9割ほどが男性ですし、やはりブランドイメージも「シンプルでかっこいい」といった意見が多いので、男性ファンが多いのかなと。
梅木:弊社社員の大学生の息子さんも、モバイルバッテリーと言えばAnkerしか知らないそうですよ。友達もみんなAnkerを持っていると。
猿渡:ようやくそこまで来た、という感じですね。数年前は誰も知らなかったブランドなので。売上も、ここ5年で10倍以上になっています。
梅木:その急成長においても、お客様の声を集めて開発に活かすことが役立っていたと思います。御社には1日700件ものお客様の声が集まるとお聞きしましたが、それはウェブもリアルも併せた全てのチャネルから集まってくる数字ですか?
猿渡:そうです。もちろん、Amazonにもカスタマーサポートセンターがありますが、基本的には私たちの方に全部集約してお問い合わせください、ということにしているので、弊社のカスタマーサポートに寄せられるお問い合わせ件数が1日700件ということです。
梅木:年間で考えると25万件を超える膨大な数字になりますね。それらを集約して、カテゴリー別にお問い合わせを整理したり、セグメントを切って分析するのもカスタマーサポート部門なのですか?
猿渡:はい、弊社ではカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンと呼ぶのですが、そのメンバーは全員正社員です。例えば、私は星3つ以下のレビューは社内では「ネガティブ・レビュー」と呼んでいて、それを全部読んでどういう問題があるかを分析したり、電話の問い合わせについても内容に応じてタグ付けをしたりして開発部門にレポートしています。またレポートだけではなく、お客様からの声を定量分析して、明らかに数値が悪いものについては開発部門と連携して改善をかけています。
梅木:そのPDCAサイクルは、どれぐらいのスピード感なのでしょうか?
猿渡:マンスリーとかではなく、ウィークリー、デイリーで直していく、というのが基本です。弊社のカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンは、マーケティングとかセールスと同じぐらいの発言力を持っていて、開発の現場はすぐに動いてくれます。お客様の問い合わせが増えるということはサポートに負荷がかかる、つまり非効率である、と考えるので。本当にクリティカルなものであれば翌日には開発担当者が工場に行って改善する、ということもあります。
猿渡:あえて正社員を採用しているのにはいくつか理由があります。一つは、責任と権限。やはり派遣社員やアルバイトですと、どうしても責任を負わない/ 負えない立場でお客様と向き合うケースが多いと思います。弊社の場合は、一人一人がお客様に対して責任を持って対応することを大事にしています。例えば、製品が悪いのであれば、本社の人間に伝えて改善に持っていくところまで、自分で考えて実行することを求めています。
もう一つは、製品の内容を勉強することが多いからです。私が入社した当時はモバイルバッテリーをオンラインだけで売る会社でしたが、今では販売チャネルも大幅に増えて、製品カテゴリもスピーカーやイヤホン、プロジェクター、ロボット掃除機など多岐にわたっています。IoT機器も増えており、製品自体が複雑化しているので、しっかり勉強して、お客様に正しい情報をご案内し、また長く働いていただくためには正社員の方がいいと思っています。
梅木:プロダクトやソリューションを定期的にアップデートして勉強会を開催するといった取り組みも行なっているのですか?
猿渡:はい。複雑な製品に対する勉強会は定期的に開催しますし、想定Q&Aのテンプレートなども日々アップデートしています。
梅木:何を選んでいいか分からない、という類の問い合わせもたくさんあるでしょうから、スペック×シーンで最適なソリューションを提供するタッチポイントとしても、カスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンは重要な役割を担っているのですね。
猿渡:はい。お客様視点に立った時、BtoCメーカーとして体験と通じてブランドを作るのは、1番はカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンのメンバーだと思っているんです。マーケティングのチームでやるブランディングもありますが、お客様と向き合って、そこでどういう印象を作れるかというのはとても大切です。カスタマーサポートにコンタクトをくださる方々の多くは、何かしらの不具合や不満を持っている方なので、そこで迅速かつ的確な対応ができればAnkerのことを好きになってリピーターになってくれる可能性もあると考えています。一方で、適当に仕入れたものをオンラインで売って「サポートはないです」という製品は、不具合があったらゴミにするしかなくて、二度と買う気にならないでしょう。
例えば半年使って壊れてしまったけれど、ちゃんと新品に交換してもらえるのか、それともサポートが全くないのか、その企業姿勢により長期的なブランド力の差はどんどん広がっていくと思うんですよね。
猿渡:そうですね。これから旗艦店となる渋谷パルコ店もオープンしますし、さらに来年も新規オープンの予定があります。店舗数も増えるので、店をオープンして店舗毎に運営するという状態から、現在マニュアルで管理している部分も多く、店舗毎のオペレーション最適化をしているレベルですが、直営店事業全体の効率化や、オンラインも絡めた施策ができたらと考えています。システムで繋ぐなど、もう少しオペレーションを有機的に集約しようという段階に来ています。
例えば、Anker公式オンラインストアでやっているような会員プログラムを店舗でも導入するといった、オンとオフを繋げるような工夫も考えていく必要があります。ただ、投資額が大きくなるので、どのように設計していくのが今のフェースで正しいのかは思案中ですね。
梅木:実はオムニチャネルのシステムというのは、私たちが一番得意なところですので、もしご縁があれば(笑)
猿渡:そうなんですか(笑)そこはCRM的な観点も入れてやりたいなと思っているんですけど。
梅木:そうですね。オムニチャネルは、もはや「インフラの呼称」になっている感がありまして。CRMにおいてどのような顧客プログラムを展開するかということを決める前に、まずオムニチャネルインフラを構築しないことには打ち手が何も用意できないということもあり、最近では流通小売業を中心にオムニチャネルニーズはすごく高まってきています。私たちのお客様でもそれを実現して客単価が3倍に上がったケースなどもありますよ。
オムニチャネルという意味では、直営店ではなく、自社ECで重点的に取り組まれている課題などはありますか?拝見したのですが、すごくシンプルで見やすいサイトだなと。
猿渡:システムのベースはありましたが、デザインはスクラッチから全部作っていて。正直なところ、やはり売上はAmazonや楽天と比べると全然少ないのですが、売上を作るだけではなくて、ファンの方に感謝の気持ちをポイントで還元したり、オウンドメディアでチャージングのリーディングブランドとしての情報発信を実施したり、カスタマーサポートだけではなく、メディアや法人様からのコミュニケーションの場としても活用しています。
猿渡:そうですね。あとは、私たちの製品は似たようなデザインの製品も比較的多いので、それをちゃんと説明する場として、自社ECが必要だと思っています。
もう一点、プラットフォーマーのデメリットとしては、顧客データについて、セッションやコンバージョンという最低限のものしか提供されないという点が挙げられます。私は自社ECとAmazonの間に顧客の購買行動に大きな乖離があるとは思っていません。そう考えて、どこから遷移してきているのか、どんなキーワードで入ってきているのかなど、自社ECではもう少し詳細なデータが取れるので、それを分析して他のプラットフォームでの戦略に活かしています。
一番大切なのは、私たちはAmazonや楽天というモールのチャネルを引き続き重要視している、ということです。私たちの製品は「買いやすさ」が大事なのですが、自社ECのデメリットは、アカウントを作ってクレカを登録するという煩わしさです。
一方Amazonや楽天などのECモールは手数料を支払う必要はあるため、多少利益率は下がりますが、多くの方が既にアカウントを持っている方が多いですし、お客様に弊社の製品を選んでいただけることが一番大切だと考えているので、その場所はAmazonでも楽天でも自社ECでもお客様が買いやすい場所が一番だと思っています。
【後編へ続く】
最近では、手がける製品の領域をオーディオや家電にまで広げ、オンラインに強かった販売チャネルに続いて直営店の展開も加速。アンカー・ジャパンとして昨年度の売上はついに100億円を達成しています。
この、目を見張るほどの急成長の背景にはどのような思想と戦略があるのでしょうか。
日本法人の設立以来、ビジネスの成長を一手に担ってきたアンカー・ジャパン株式会社 執行役員 事業戦略本部 統括の猿渡 歩さんに詳しくお話を伺いました。
前後編に渡り、たっぷりとお伝えします。
前編目次
1. 「期間限定のポップアップ」の予定だった直営店
2. お客様の声を直接拾う&いい土地で看板を出す
3. 「1日700件」のお客様の声が事業を成長させる
4. 今後はオンラインとオフラインを繋ぎ、オペレーションを精緻化するフェーズに
5. 自社EC、プラットフォーマーそれぞれのメリットを活かす
スピーカープロフィール
猿渡 歩(えんど あゆむ)
Deloitteにてコンサルティング業務やIPO支援に従事後、日本産業パートナーズにてプライベート・エクイティ投資業務に携わる。14年、アンカー・ジャパンのマーケティング&セールスの総責任者として部署立ち上げより参画。モバイルバッテリー等の主要カテゴリーをオンラインシェア1位に引き上げると共に、オーディオ製品等の新規カテゴリーでも参入から1年以内にオンラインシェア1位を実現。17年より現職。
梅木 研二(うめき けんじ)
1977年福岡県生まれ。長崎大学経済学部卒業後、伊藤忠テクノソリューションズ入社。
一貫して、流通小売業向けのシステム開発に営業として携わる。富士ソフト在籍時は、大規模Eコマースシステム開発に営業として従事、富士ソフト子会社のVINXにてオムニチャネルシステムの企画・支援の立ち上げに参画。2016年にエスキュービズム入社、2018年に取締役就任。
一貫して、流通小売業向けのシステム開発に営業として携わる。富士ソフト在籍時は、大規模Eコマースシステム開発に営業として従事、富士ソフト子会社のVINXにてオムニチャネルシステムの企画・支援の立ち上げに参画。2016年にエスキュービズム入社、2018年に取締役就任。
「期間限定のポップアップ」の予定だった直営店
梅木:Ankerと言えばモバイルバッテリーが代名詞だと思いますが、最近ではロボット掃除機なども手がけてらっしゃるのですね。事業を急成長させていらっしゃるので、取材などのオファーも多いのでは?猿渡さん(以下、敬称略):そうですね。7月は2回ぐらい講演に登壇しました。ad tech Tokyoからも依頼をいただいたので出演予定です。コーポレート全体の話だと社長の井戸が受けるのですが、ビジネス系の話は私が受けることが多いです。
梅木:ビジネスと言う意味では、プロダクト製造以外のところは全て、本国ではなくアンカー・ジャパン主導で実現していける体制なのですか?
猿渡:そうです。製品開発系の機能以外は全部揃っています。私の見ている範囲としては、オンラインセールス、量販店などのリテールセールス、マーケティング、あとは事業開発と経営企画という感じで、ビジネス全般をチーム制にしてやっています。
梅木:御社はオンラインセールスで短期間のうちにすごく伸びましたよね。そのままオンラインで伸ばしていく、という選択肢もあったと思うのですが、その中であえて直営のAnker Storeを展開したのはなぜですか?
猿渡:直営店は、今ちょうど1年ぐらい経った事業なのですが、もともとは私が入社した当時からせっかくハードウェアを扱っているのでやりたかった、というのがあります。それで実験的にスタートしたものなんですよ。大阪のららぽーと EXPOCITY店も当初は3ヶ月限定のポップアップの予定でした。
梅木:そうなんですか。
猿渡:やってみたら売上も思ったより良かったんです。三井不動産様からも「延ばしませんか」と言われ、その後も複数回延長の機会をいただくことができ、実質常設店舗みたいになっています。
お客様の声を直接拾う&いい土地で看板を出す
梅木:猿渡さんが直営店を手がけたかった理由はどんなところにあるのでしょうか?猿渡:オンラインではお客様の声を直接拾えるのですが、量販店経由だとその声を拾いづらいわけです。メーカーとして自分たちのお店でお客様と直接コミュニケーションできるのはプラスになる、というのが理由の一つです。実際に人はどんな悩みを抱えているのか、どのように迷って製品を手にしているのか、欲しがっている製品は何か、そういった声を研究開発に活かせるのは、弊社の「Empowering Smarter Lives」というミッションに沿っているので。
梅木:売上についてはどうですか?
猿渡:売上はもちろん追いかけるのですが、そこだけで考えるとどうしても場所がよくて店舗も多い量販店の方が効率的、ということになってしまいます。でも、直営店にはPR的な効果もあわせて考えています。
例えば南青山店で言えば、売上は量販店に比べると見劣りするところもあるかもしれませんが、あの土地で看板を出していたら、毎月100万、200万が簡単に飛んで行くわけじゃないですか。ですから、ビジネスをしながらPRもできていると考えています。
セブンヒット理論などでも言われているように、人は複数回接触したものをより認知して買いやすくなるというデータもあるので、Amazonで見ていきなり買うというよりは、量販店でも見て、「そう言えば直営店もあったな、行ってみよう」となって、最終的にはAmazonで買っていただいていてもいいと考えています。
梅木:副次的な効果も大きいということですね。
猿渡:もう一つ、セールス的な要素でいうと、例えばストアのポップ作りなどでも直営店での学びを量販店でも活かせる、ということもあります。弊社の製品は似たようなものが多いので、以前、比較表を作ったことがあるんですけど、お客様はそもそも比較表の見方が分からなかったりもします。「電流って?」「コネクタって?」など、製品に係る専門的な知識に長けているお客様ばかりではないので、このようなシーンで使いたいあなたに必要な製品はこれです、というように分かりやすく訴求した方がいいよね、といった学びを得るためにも、直営店は役立っていますね。
「1日700件」のお客様の声が事業を成長させる
梅木:直営店の購買層は、これまでの購買層と違いますか?猿渡:大きくは2つの層があります。一つは元々Anker ファンで、リアルで製品を見たいという方が増えています。特に最近はプロジェクターやロボット掃除機など比較的価格の高い製品が増えてきたこともあり、購入前に手に取って見たいという方は多くいらっしゃいます。もう一つは、やはりスタッフに相談しながら自分に合った製品を選びたいという、テックにあまり明るくない方ですね。これまでのチャネルのお客様と被らない層が取れるという意味でも直営店はプラスになっています。
梅木:御社の購買層としては、30代40代がボリュームゾーンですか?
猿渡:20代~40代の男性がメインですね。Facebookのアンカー・ジャパン のページをライクしている人も9割ほどが男性ですし、やはりブランドイメージも「シンプルでかっこいい」といった意見が多いので、男性ファンが多いのかなと。
梅木:弊社社員の大学生の息子さんも、モバイルバッテリーと言えばAnkerしか知らないそうですよ。友達もみんなAnkerを持っていると。
猿渡:ようやくそこまで来た、という感じですね。数年前は誰も知らなかったブランドなので。売上も、ここ5年で10倍以上になっています。
梅木:その急成長においても、お客様の声を集めて開発に活かすことが役立っていたと思います。御社には1日700件ものお客様の声が集まるとお聞きしましたが、それはウェブもリアルも併せた全てのチャネルから集まってくる数字ですか?
猿渡:そうです。もちろん、Amazonにもカスタマーサポートセンターがありますが、基本的には私たちの方に全部集約してお問い合わせください、ということにしているので、弊社のカスタマーサポートに寄せられるお問い合わせ件数が1日700件ということです。
梅木:年間で考えると25万件を超える膨大な数字になりますね。それらを集約して、カテゴリー別にお問い合わせを整理したり、セグメントを切って分析するのもカスタマーサポート部門なのですか?
猿渡:はい、弊社ではカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンと呼ぶのですが、そのメンバーは全員正社員です。例えば、私は星3つ以下のレビューは社内では「ネガティブ・レビュー」と呼んでいて、それを全部読んでどういう問題があるかを分析したり、電話の問い合わせについても内容に応じてタグ付けをしたりして開発部門にレポートしています。またレポートだけではなく、お客様からの声を定量分析して、明らかに数値が悪いものについては開発部門と連携して改善をかけています。
梅木:そのPDCAサイクルは、どれぐらいのスピード感なのでしょうか?
猿渡:マンスリーとかではなく、ウィークリー、デイリーで直していく、というのが基本です。弊社のカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンは、マーケティングとかセールスと同じぐらいの発言力を持っていて、開発の現場はすぐに動いてくれます。お客様の問い合わせが増えるということはサポートに負荷がかかる、つまり非効率である、と考えるので。本当にクリティカルなものであれば翌日には開発担当者が工場に行って改善する、ということもあります。
カスタマーサポート部隊が最もブランドを作る
梅木:カスタマーサポートを担う部門全員が正社員というのは意外と他ではないですよね。業界全体として人材不足だったり採用後の定着化問題がある中で、御社は意図して正社員にこだわっているのでしょうか?猿渡:あえて正社員を採用しているのにはいくつか理由があります。一つは、責任と権限。やはり派遣社員やアルバイトですと、どうしても責任を負わない/ 負えない立場でお客様と向き合うケースが多いと思います。弊社の場合は、一人一人がお客様に対して責任を持って対応することを大事にしています。例えば、製品が悪いのであれば、本社の人間に伝えて改善に持っていくところまで、自分で考えて実行することを求めています。
もう一つは、製品の内容を勉強することが多いからです。私が入社した当時はモバイルバッテリーをオンラインだけで売る会社でしたが、今では販売チャネルも大幅に増えて、製品カテゴリもスピーカーやイヤホン、プロジェクター、ロボット掃除機など多岐にわたっています。IoT機器も増えており、製品自体が複雑化しているので、しっかり勉強して、お客様に正しい情報をご案内し、また長く働いていただくためには正社員の方がいいと思っています。
梅木:プロダクトやソリューションを定期的にアップデートして勉強会を開催するといった取り組みも行なっているのですか?
猿渡:はい。複雑な製品に対する勉強会は定期的に開催しますし、想定Q&Aのテンプレートなども日々アップデートしています。
梅木:何を選んでいいか分からない、という類の問い合わせもたくさんあるでしょうから、スペック×シーンで最適なソリューションを提供するタッチポイントとしても、カスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンは重要な役割を担っているのですね。
猿渡:はい。お客様視点に立った時、BtoCメーカーとして体験と通じてブランドを作るのは、1番はカスタマー・エクスペリエンス・ディビジョンのメンバーだと思っているんです。マーケティングのチームでやるブランディングもありますが、お客様と向き合って、そこでどういう印象を作れるかというのはとても大切です。カスタマーサポートにコンタクトをくださる方々の多くは、何かしらの不具合や不満を持っている方なので、そこで迅速かつ的確な対応ができればAnkerのことを好きになってリピーターになってくれる可能性もあると考えています。一方で、適当に仕入れたものをオンラインで売って「サポートはないです」という製品は、不具合があったらゴミにするしかなくて、二度と買う気にならないでしょう。
例えば半年使って壊れてしまったけれど、ちゃんと新品に交換してもらえるのか、それともサポートが全くないのか、その企業姿勢により長期的なブランド力の差はどんどん広がっていくと思うんですよね。
今後はオンラインとオフラインを繋ぎ、オペレーションを精緻化するフェーズに
梅木:今後リアルのチャネルをもっとたくさん展開していく予定はあるのですか?O2O、オムニチャネルといった考え方というか。猿渡:そうですね。これから旗艦店となる渋谷パルコ店もオープンしますし、さらに来年も新規オープンの予定があります。店舗数も増えるので、店をオープンして店舗毎に運営するという状態から、現在マニュアルで管理している部分も多く、店舗毎のオペレーション最適化をしているレベルですが、直営店事業全体の効率化や、オンラインも絡めた施策ができたらと考えています。システムで繋ぐなど、もう少しオペレーションを有機的に集約しようという段階に来ています。
例えば、Anker公式オンラインストアでやっているような会員プログラムを店舗でも導入するといった、オンとオフを繋げるような工夫も考えていく必要があります。ただ、投資額が大きくなるので、どのように設計していくのが今のフェースで正しいのかは思案中ですね。
梅木:実はオムニチャネルのシステムというのは、私たちが一番得意なところですので、もしご縁があれば(笑)
猿渡:そうなんですか(笑)そこはCRM的な観点も入れてやりたいなと思っているんですけど。
梅木:そうですね。オムニチャネルは、もはや「インフラの呼称」になっている感がありまして。CRMにおいてどのような顧客プログラムを展開するかということを決める前に、まずオムニチャネルインフラを構築しないことには打ち手が何も用意できないということもあり、最近では流通小売業を中心にオムニチャネルニーズはすごく高まってきています。私たちのお客様でもそれを実現して客単価が3倍に上がったケースなどもありますよ。
オムニチャネルという意味では、直営店ではなく、自社ECで重点的に取り組まれている課題などはありますか?拝見したのですが、すごくシンプルで見やすいサイトだなと。
猿渡:システムのベースはありましたが、デザインはスクラッチから全部作っていて。正直なところ、やはり売上はAmazonや楽天と比べると全然少ないのですが、売上を作るだけではなくて、ファンの方に感謝の気持ちをポイントで還元したり、オウンドメディアでチャージングのリーディングブランドとしての情報発信を実施したり、カスタマーサポートだけではなく、メディアや法人様からのコミュニケーションの場としても活用しています。
自社EC、プラットフォーマーそれぞれのメリットを活かす
梅木:自社ECを構築される企業の中には、プラットフォーマーのモールを入り口にしつつも、最終的には自社ECへ誘導することを考えているところが大半です。やはり、ビジネスを考えるとプラットフォーマーへ支払う手数料も小さくないので。しかし、御社の場合、自社ECは売上向上が目的ではなく、あくまでもブランディングとしてのお客様とのタッチポイントという位置付けなのでしょうか。猿渡:そうですね。あとは、私たちの製品は似たようなデザインの製品も比較的多いので、それをちゃんと説明する場として、自社ECが必要だと思っています。
もう一点、プラットフォーマーのデメリットとしては、顧客データについて、セッションやコンバージョンという最低限のものしか提供されないという点が挙げられます。私は自社ECとAmazonの間に顧客の購買行動に大きな乖離があるとは思っていません。そう考えて、どこから遷移してきているのか、どんなキーワードで入ってきているのかなど、自社ECではもう少し詳細なデータが取れるので、それを分析して他のプラットフォームでの戦略に活かしています。
一番大切なのは、私たちはAmazonや楽天というモールのチャネルを引き続き重要視している、ということです。私たちの製品は「買いやすさ」が大事なのですが、自社ECのデメリットは、アカウントを作ってクレカを登録するという煩わしさです。
一方Amazonや楽天などのECモールは手数料を支払う必要はあるため、多少利益率は下がりますが、多くの方が既にアカウントを持っている方が多いですし、お客様に弊社の製品を選んでいただけることが一番大切だと考えているので、その場所はAmazonでも楽天でも自社ECでもお客様が買いやすい場所が一番だと思っています。
【後編へ続く】
後編目次
1、追いかけるメールマーケティングは行わない
2、在庫管理はシビアに行う
3、売上と利益率の最大化を達成できれば、戦術は自由
4、メーカーとしての慣習を知らなかったからこそ、オンラインでトップを取れた
5、作れて、市場が伸びているものなら、やる
6、ポジションが空いていても、本当にいい人に出会うまでは採用しない
7、災害時ニーズ、「BtoG」ビジネスの可能性
8、「刺すだけで何でも充電できるバッテリー」が世界を救う