IDOMが挑む、OMO時代の中古車販売業の確立〜見込み客を「ストックする」デジマ活用術〜
高額で、検討期間も長期に渡る。一人当たりが購入する回数は少なく、しかも扱うのは中古品。
その特殊な商品特性から、実情を掴みづらい中古車販売業のマーケティング。同業種の中での差別化も難しい中、「Gulliver(ガリバー)」を展開する株式会社IDOMは、積極的にデジタルマーケティングの改革に取り組み、成果に繋げています。
今回、同社のマーケティングを一手に担う、デジタルマーケティング セクション セクションリーダーの中澤伸也さんに、お話を聞く機会をいただきました。
IDOMがデジタルマーケティングをどうサービスに反映しているのか、その手法をかなり踏み込んだところまでお話いただいただけでなく、これからの時代に求められるマーケティングの定義やマーケターの役割に至るまで、非常にためになるお話を伺うことができました。
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中澤さん(以下敬称略):まず大前提として、中古車販売においてはCRMが機能しにくいという事実があります。したがって、基本的にはアクイジション偏重型のマーケティングになるという特徴があります。中古車市場において、ユーザーの検討期間は平均2ヶ月から3ヶ月と言われていて、この間にどうユーザーと接触していくかが中心になってきます。中古車販売ではまだECが全く発達していないので、最終的には店舗に来てもらって対面営業で販売するモデルが基本です。よって、デジタルマーケティングの役割は、店舗にお客様を誘導する、O2Oが前提になります。
——同業他社各社は主にどのようなマーケティングを実践しているのでしょう。
中澤:まず軸は完全に「カーセンサー」と「グーネット」です。彼らは圧倒的に強いメディアなので、まずはそこに車両を掲載して、「車」という軸でお客様にご来店いただくという流れですね。もう一つは、検討段階のなるべく後期の方、「車を買う」と決めている段階を狙ったリスティングというのが基本的な戦略です。
同業者の状況を見ると、カーセンサーやグーネットというプラットフォームが強すぎるため、そこに依存状態になっているのと、あとはデジマよりはテレビやチラシなどのマスプロモーションに力を入れるなど、中古車販売業のデジタルマーケティングは、正直なところあまり進んでいません。その中でIDOMはかなり突出してデジタルマーケティングを推進している状況です。
中澤:正直に言うと、まだマーケティングの構造レベルでの改革はやりきれていません。今はずっと変革に向けた足場固めをしている段階で、その中の大きな取り組みの一つとして「クルマコネクト」というチャットのマーケティングサービスがあげられます。
——なぜチャットを導入されたのでしょうか。
中澤:今までのマーケティングは、とにかく広告を打って、コンタクトセンターから電話をかけて店舗にご来店いただく「フロー型」のマーケティングモデルでした。例えばリスティングなどのデジタルマーケティングでは、検討段階が浅いお客様も、かなり煮詰まったお客様も両方拾ってしまいます。要は見分けがつかないんですよ。当然検討段階で煮詰まったお客様はアポイントを取って店舗へお越しいただければご成約となるのですが、検討が浅いお客様はどうしてもその前にドロップしてしまって、繫ぎ止めることができませんでした。
「クルマコネクト」では、見込み客を検討段階の最初の方で拾ったとしても、2ヶ月間チャットで寄り添ってナーチャリングすることで「ストック型」に変えることができるようになったのです。このようにマーケティングのやり方を根本から大きく変えようとしているというところは、私が進めてきた改革の一部ですね。
もう一点、同じくチャットを使って改革しようとしているのがオウンドメディアです。
——オウンドメディアでチャットというのは珍しいですね。
中澤:この5年間、ずっとオウンドメディアの集客力を上げることに注力してきまして、それはある程度成果が出たんですね。5年前と比較すると1.5倍ぐらいのトラフィックが取れるようになりました。そして次のステップがこのオープンチャット、もしくはライブチャットと言われる機能です。従来の送客ボタンやCTCなど、ウェブサイトの表現を超える手法として、会話機能によってウェブサイト自体の接客能力を上げようという取り組みが、今、まさに手応えとして数値的な成果を出しています。
中澤:実は、ページごとにユーザーが何を知りたいかというのは、これまでのPDCAの結果でわかっています。例えば、個車情報の詳細ページでユーザーが一番聞きたいのは支払総額です。今までは、それなら支払総額を表示してあげればよかったのですが、総額を表示するとどうしても車両本体価格のみの表示より40万円ぐらい高く見えるわけです。
ユーザーはそもそも総額が何であるのかを理解していないので、単純に高いと感じてしまいます。ここにウェブ表現の限界がありまして、要はエクスキューズできないんですよ。しかし、チャットを使うことによって、総額とは一体なんなのかということを、ユーザーとコミュニケーションを取る中で説明しながら表現することができる。エクスキューズできるので、全然意味が違ってくるのです。
オウンドメディアには、検討段階の浅い人から深い人まで、それぞれが読みたいコンテンツを幅広く用意していて、これらのページごとに徐々にオープンチャットを置き始めています。
——従来型の送客ボタンに比べて、チャットを使うと成果が変わってくるのでしょうか?
中澤:圧倒的に変わりますね。中古車のように検討段階が長いものというのは、ユーザーはそれについて何も知らないところからスタートします。例えば、車のことを全く知らないユーザーが、車にはいろんなボディタイプがあることを知ると、じゃあ自分のライフスタイルに合ったボディタイプはなんだろう、という風に、何かを知ることでまた新たな疑問が生まれます。
つまり、知識を得ることが検討段階が進むことに繋がるのですが、実は、何か知識を得ると必ず新たな疑問が生まれます。その疑問が解消されるとまた新たな疑問が生まれる、という風に検討段階が深まっていくわけです。
それを踏まえて、チャットのCTAは、あることを知った時に、次はこういうことを知りたいのではないですか、ということを補完する形で設計されています。もちろん、ユーザーの傾向として一番知りたいものは分かっているので、固定的な送客ボタンでもある程度成果は出せると思いますが、ユーザーはそれ以外にもいろんなことを聞きたいものです。
チャットが非常に優れているところは、まずあなた知りたいのはこれですよね、というのを受け止めつつ、固定的なコンテンツでは補完できないところを会話でどんどん掬っていける部分なのです。
中澤:botも組み合わせますが、半分は人力です。
——受け応えのシナリオ設計は中澤さんの部署で作成されているのでしょうか?
中澤:その通りです。シナリオ設計に必要なデータの解析も含めて全て私の管轄で行なっています。
——チャットの「想定問答」となると、ものすごい数になると思うのですが。
中澤:はい。膨大な数になるのですが、チャットの接客においては、その中からパターンを絞って回答の自由度を無くしています。
——それはPDCAを回しやすくするためですか?
中澤:おっしゃる通りです。チャットに限らず、実営業でも同様なのですが、コミュニケーションというものをどう型化して科学化するかが、継続的に成果を上げていくための大前提となります。
私たちはそれを実現するために、チャットの内容を「コミュニケーションマップ」というものと「トークスクリプト」という二つに分けて、それぞれでPDCAを回しています。
——もう少し詳しく聞かせてください。
中澤:コミュニケーションマップには、会話の大きな構成が書いてあります。例えば「挨拶」というセグメントが合って、挨拶から進んだら「まずユーザー状態をヒヤリングしてください」とあります。次に「ユーザー状態のヒヤリングをしたら、初期提案をしてください」とあって、初期提案の反応によってリアクションが分かれていって、それぞれのリアクションに対してどういうアクションを行うのか、という、大きな会話の動かし方を定義するものです。
——それぞれのセグメントの中に、さらに「トークスクリプト」があるわけですね。
中澤:そうです。セグメント一個の箱の中には膨大なトークスクリプトが存在しています。PDCAとしてはコミュニケーションマップとトークスクリプトを別個で回してチューニングしています。ユーザーはどの部分で離脱しやすいのか、どこをチューニングしたら後ろのKPIが上がるのかをモニタリングしながら、じゃあどっちがいいの、という場面ではABテストが必要になってくるので、あえて型にはめることで、最大公約数を取る形でそれを実現しています。それが「自由度をなくす」ということです。
——会話のABテストやコミュニケーションマップのABテストというのは、常に新しいものをストックしておくのですか?
中澤:ストックしておくというよりは、KPIが上がらない要因に対する仮説とそれに対する解決策を立てることを繰り返し続けるということですね。
——どれぐらいのタームでPDCAを回しているのでしょうか。
中澤:これについてはもう、日々というか、最低でも週1回では回しています。
中澤:実は、チャットマーケティングを始めた時は、車に詳しくて営業力のある、いわゆる「イケてる営業」をスタッフとして用意して、それぞれの力量に任せていたんですね。要は型化していなかったんです。当時であれば、逆にパーソナライズされた提案も、早い段階でバンバン出ていたと思うんですよ。ユーザーが思いつかなかったような車種を提示してワクワクさせるとか。
——それはユーザー側から見ると魅力的にも感じますね。
中澤:ただ、それの弊害というのが、結局個人の能力を超えることができないのと、組織としてPDCAが回せないので、KPIが積み上がっていかないんですよ。組織PDCAを回すためには、あえて自由度を減らして、個人の差異をなくす必要があります。たとえ車に詳しくないメンバーが接客をしていたとしてもKPIが積み上がっていくような姿を目指しているわけです。
——今のお話は、中古車販売に限らず組織を作る時の大きなポイントにもなりそうですね。戦闘能力が高い人間が集まっているスタートアップなど、最初のうちは業績が伸びるけれども、規模が大きくなるにつれてどうしてもそれを超えられない、というような状況はよく聞きます。
中澤:そうですね。特に営業の世界は能力が高い人間と低い人間の成果が10倍ぐらい変わってしまいますので。
——この「型化」をする、ということも改革の一つだったと思うのですが、どういった形で実現していったのでしょうか。中澤さんが全社的に号令をかけて推し進めてきたのでしょうか?
中澤:チャットに関してはそうですね。ただ、ここでその培われたノウハウというものを、できれば営業などにも展開していければいいなと思っているんですが、これがなかなか難しいのです。
——能力の高い営業の方などからは「なぜ成果を出している自分のスタイルを変える必要があるんだ」というような反発もありそうですね。
中澤:当然あると思います。なので、私たちはまだ改革のとば口に立っている状態ということなのです。渋いところでは、ウェブサイトのスピード改善やモバイルファーストインデックスなど非常にベーシックな改善もやっていますが、それはあくまで「改善」でしかありません。大きな改革を起こすにはコミュニケーションのあり方を変えなくてはいけません。
中澤:私たちのマーケティングはO2Oが前提です。オンラインで取ってオフラインに流すことが基本なので必然的にO2Oになってしまいます。その中で現在もう一歩進めようとしているのは、OMOの方へシフトすることですね。弊社は店舗がとても強くて、店舗こそ最強のオウンドメディアなんですよ。なので、そこで取得したものを、どうデジタルに戻していくのかというトライアルをこれから始めようとしています。
——どのようなOMOの形を構想しているのでしょうか?
中澤:そんなに大げさな話ではありません。弊社は「HUNT」というすごく大きな店舗、車が700台ぐらい展示してあるような業態の店舗を展開しているのですが、そこはショッピングセンターの一角に入っているので、膨大な人数が来場されるんですね。1日数万人レベルで。ただ、無目的に来る人がほとんどなので、その場で商談にはならないのですが、そんな来場者でも、実際に車に触れると「いいな」「気になるな」と思うわけです。だから、それをカタログとして持って帰っていただこうということを考えました。普通、中古車にはカタログがないんですよ。
——ニーズがあったものだけカタログを渡すということですよね。それはどのように実現するのでしょうか。
中澤:仕組みは単純です。展示してある車にQRコードを貼って、気になったらそれをスマホのカメラで読み取っていただくと、クルマコネクトのアプリ版がインストールされます。その際にディープリンクが発行され、その車の詳細情報がクルマコネクトに登録されるという仕掛けです。ちょっと気になるからカタログを持って帰りたいけど、中古車だからそんなのないし、という状態を補完してあげたかったのです。
——それ以外のタッチポイントで、ロングタームで考えている、OMOをもっと進んだ形で実現する構想などはありますか?ユーザーとの接点をカーライフ全般に広げると、中古車販売以外にもいろんな可能性があり得ると思うのですが。
中澤:その観点で言うと、サービスのリリースを控えていましてですね。ちょっとまだお話できないのですが、OMOとはまた少し違うかもしれません。夢がある系というよりかは、車を起点としたユーザーとの接点の作り方というのは、もっと渋いところにある、という感じでしょうか。
中澤:そうですね。実はAIについては会社全体でいうと結構な数をトライして失敗しています。ただ、いろんな失敗を重ねてきて学んだのは、最初は「AIをどう使うか」という観点で取り組んでいたということです。
——「AIありき」だったと。
中澤:はい。それだとやっぱりうまくいかないんですね。それよりかは実務の中で「ここどうにかならないかな」という部分をAIで実現しようという観点で取り組んだものはうまくいきます。たとえばクルマコネクトに関して言うと、「このお客様は手厚くコミュニケーションする価値があるよね」という有望顧客判別をAIで行なっているのですが、こういう判別モデル的なものは非常にAIの力を発揮しやすいのです。
——テクノロジーを活かして顧客の体験価値を高めるにはデータが必須なわけですが、データは集めただけだと意味がないですよね。たとえ集めたデータを一元管理できたとしても、その結果だけを眺めて「で?」となっている企業がまだたくさんあるように感じます。御社としてのデータの解析メソッドのようなものはありますか?
中澤:クルマコネクトは2種類のデータが取れることが特徴です。一つはウェブと同じ行動データ、もう一つは会話データです。重要なのは、行動データだけでは見込み客の優劣が決して判らないということなんです。特に車の場合は検討段階が非常に重要ですが、その人の検討度合いが浅いのか深いのかは行動データからはほぼ読み取れません。したがって、行動データと会話データを組み合わせて、それに基づいて有望顧客判別ロジックができあがっています。
中澤:日々PDCAを回すためのデータ分析は、それぞれのマーケティング担当者が行う必要があるじゃないですか。すると、筋がいい仮説や効果的な施策を立てるという部分で現場経験のある人とない人では差が生まれてくるんです。もちろん定量分析も重要なのですが、結局それだけだと発想が生まれないのです。
——筋がいい仮説を立てるためのデータ分析には何が必要でしょうか。
中澤:私たちは「行動観察」という手法を多用しています。通称「右目左目分析」と言っているんですが。これは、左目でログ解析の定量データを分析しつつ、右目でユーザーの行動自体を「観察」するという手法です。
——右目と左目で別々のものを見るというのは具体的にはどういう状態でしょうか?
中澤:「フルストーリー」という行動観察のツールを使っているのですが、定量データと共に、ユーザーが画面上で実際どう動いているのかを文字通り観察するのです。ここで得られる情報って、特にチャットでは定量的に見るのは無理なんです。なので、この行動観察と定量的な分析両方を踏まえることで、ユーザーのインサイトや課題、新しい気づきが生まれてくる、という考え方なんですね。
——なるほど。確かにチャットで「この車はあんまり好きじゃない」と言っておきながら、実際にはその個車情報をずっと眺めていたりする可能性もありますからね。
中澤:思いっきりあり得ますね。要は、他のコンテンツや施策においても行動観察はとても大事で、たとえば動画の行動観察はこれと同じものになりますし、動画以外だと有名なところではユーザグラムだったり、GoogleAnalyticsでいうとユーザーエクスプローラーという機能が個人の動きにフォーカスした分析ができますよね。
——企業によっては現場経験のない方がデジマ担当として、データ分析をしなくてはいけないという場面があると思うのですが、その時はどんな心構えが必要になるでしょうか。
中澤:現場経験がない人ほど、まさに行動観察をするしかありません。なぜなら、それをして初めて現場の人間と同じような感覚を得られるからです。定量データ分析は、結果の確認においては優れていますが、施策を生み出したり気づきを得るという点において、実はあまり有効ではありません。なので、個人にフォーカスした行動観察やログ解析を踏まえたPDCAを回すことがとても大切です。
中澤:弊社は名前がIDOMなのですが、これは「挑戦」から来ているのです。その名前の通り、とにかく新しいこと、不可能と言われていることに対して挑む姿勢というのが私たちのアイデンティティなんですね。したがって、改革というレベルの新しい取り組み、もしかしたら失敗するかもしれませんよ、という取り組みに関しても基本的には全てチャレンジしていくという姿勢で、比較的投資してもらえるというのが企業文化的な背景としてありますね。
——そのチャレンジを上申するにあたり、心がけていることはありますか?
中澤:このような取り組みに対して「決裁を通す」という考え方をするのは間違いです。私たちがやるべきことは、決裁権者に「正しい判断をしてもらえる状況を作る」ことです。私は提案資料もそのスタンスで作っています。ROIももちろん大事なのですが、その投資が弊社にとって本質的にどういう意義があるのか、顧客に対してどういう付加価値を創造し得るか、そういったものが前提としてあった上で、ROIとしてはこれぐらいが見込める可能性があります、ただし不確定要素が大きいチャレンジなので、最悪リスクはこういったものがありますと、ポジティブネガティブの両方を提示します。
——これからの時代のマーケターとは、企業の中でどういうポジションでいるべきだと思いますか?
中澤:私はマーケターの役割が大きく変わってきていると思っています。日本における、特にデジタルマーケティングの役割は、これまで主にプロモーションの部分だけフォーカスされてきたと感じています。しかし、私の考えるマーケターの役割は、ユーザーのインサイトを発見すること、どのような付加価値「バリュープロポジション」を構築するかを考えること、そのバリュープロポジションをどのように恒久的にユーザーへ提供するのかという「バリュープロセス」を構築し推進することの3つです。私はこれをIVVと読んでいるのですが、IVVの仕組み全体を構築していく、サービスマーケティングの開発こそがこれからのマーケターの役割だと考えています。私たちの部署が取り組んでいるのがまさにサービスマーケティングの開発であり、クルマコネクトもその一部なのです。
——ありがとうございました。
特にデータに対する考え方やこれからのマーケターの役割については、業種の枠を超えて役立つ内容だと思います。
取材のためにクルマコネクトのチャットを触ってみたところ、不覚にも車を買い換えたいという想いが頭をもたげてきてしまいました。これもまた、IDOMの仕掛けたマーケティングの成果ということでしょうか。
その特殊な商品特性から、実情を掴みづらい中古車販売業のマーケティング。同業種の中での差別化も難しい中、「Gulliver(ガリバー)」を展開する株式会社IDOMは、積極的にデジタルマーケティングの改革に取り組み、成果に繋げています。
今回、同社のマーケティングを一手に担う、デジタルマーケティング セクション セクションリーダーの中澤伸也さんに、お話を聞く機会をいただきました。
IDOMがデジタルマーケティングをどうサービスに反映しているのか、その手法をかなり踏み込んだところまでお話いただいただけでなく、これからの時代に求められるマーケティングの定義やマーケターの役割に至るまで、非常にためになるお話を伺うことができました。
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プロフィール:中澤 伸也(なかざわ しんや)
デジタルマーケティング セクション セクションリーダー
家電量販店のソフマップにて、7年間の店舗営業の経験を得た後、2000年に日本でECサイトとして初の100億円ECを目指した、ソフマップドットコムのリニューアルPJにてサイト構築とO2Oでのワンツーワンサービス(持ち物帳)を担当。80億円強の年間売り上げを達成し、その年の日経EC対象グランプリを受賞。
ゴルフポータルのGDO(ゴルフダイジェストオンライン)にてマーケティング責任者、グローバル・マーケティングベンダーのExperianでのJAPAN-CMOを経て、約5年前にIDOMにジョイン。デジタルマーケティング・セクションを率い、IDOMのデジタルマーケティングの改革を推進中。2019年9月、新規サービス「Gulliver AUTO」をリリース。リアル現場での接客経験とEC黎明期からのデジタルマーケティングの両面の経験値を持つ事が強み。
デジタルマーケティング セクション セクションリーダー
家電量販店のソフマップにて、7年間の店舗営業の経験を得た後、2000年に日本でECサイトとして初の100億円ECを目指した、ソフマップドットコムのリニューアルPJにてサイト構築とO2Oでのワンツーワンサービス(持ち物帳)を担当。80億円強の年間売り上げを達成し、その年の日経EC対象グランプリを受賞。
ゴルフポータルのGDO(ゴルフダイジェストオンライン)にてマーケティング責任者、グローバル・マーケティングベンダーのExperianでのJAPAN-CMOを経て、約5年前にIDOMにジョイン。デジタルマーケティング・セクションを率い、IDOMのデジタルマーケティングの改革を推進中。2019年9月、新規サービス「Gulliver AUTO」をリリース。リアル現場での接客経験とEC黎明期からのデジタルマーケティングの両面の経験値を持つ事が強み。
目次
1. 「媒体依存」からの脱却を目指す
2. 見込み客を繫ぎ止めて育てる「クルマコネクト」
3. 固定のコンテンツでは補完できない会話をチャットが掬う
4. 「回答の自由度をなくす」ことで成果を上げていく
5. 「型化」をして組織PDCAを回せなければKPIは積み上がらない
6. IDOMが目指す、シンプルなOMOの形
7. 有望顧客判別にはAIが有効
8. 筋のいい仮説を立てるには「行動観察」が必須
9. 「サービスマーケティング」の開発こそがマーケターの役割
10. さいごに
「媒体依存」からの脱却を目指す
——中古車販売業全体におけるデジタルマーケティングの活用状況について、中澤さんの視点からはどう捉えていらっしゃるのでしょうか?中澤さん(以下敬称略):まず大前提として、中古車販売においてはCRMが機能しにくいという事実があります。したがって、基本的にはアクイジション偏重型のマーケティングになるという特徴があります。中古車市場において、ユーザーの検討期間は平均2ヶ月から3ヶ月と言われていて、この間にどうユーザーと接触していくかが中心になってきます。中古車販売ではまだECが全く発達していないので、最終的には店舗に来てもらって対面営業で販売するモデルが基本です。よって、デジタルマーケティングの役割は、店舗にお客様を誘導する、O2Oが前提になります。
——同業他社各社は主にどのようなマーケティングを実践しているのでしょう。
中澤:まず軸は完全に「カーセンサー」と「グーネット」です。彼らは圧倒的に強いメディアなので、まずはそこに車両を掲載して、「車」という軸でお客様にご来店いただくという流れですね。もう一つは、検討段階のなるべく後期の方、「車を買う」と決めている段階を狙ったリスティングというのが基本的な戦略です。
同業者の状況を見ると、カーセンサーやグーネットというプラットフォームが強すぎるため、そこに依存状態になっているのと、あとはデジマよりはテレビやチラシなどのマスプロモーションに力を入れるなど、中古車販売業のデジタルマーケティングは、正直なところあまり進んでいません。その中でIDOMはかなり突出してデジタルマーケティングを推進している状況です。
見込み客を繫ぎ止めて育てるチャットサービス「クルマコネクト」
——中澤さんはIDOMのマーケティングを変革するというミッションを持ってジョインされたと思うのですが、2014年に中澤さんが入社された時点では何が課題で、この5年間でどのような改革をされてきたのでしょうか?中澤:正直に言うと、まだマーケティングの構造レベルでの改革はやりきれていません。今はずっと変革に向けた足場固めをしている段階で、その中の大きな取り組みの一つとして「クルマコネクト」というチャットのマーケティングサービスがあげられます。
——なぜチャットを導入されたのでしょうか。
中澤:今までのマーケティングは、とにかく広告を打って、コンタクトセンターから電話をかけて店舗にご来店いただく「フロー型」のマーケティングモデルでした。例えばリスティングなどのデジタルマーケティングでは、検討段階が浅いお客様も、かなり煮詰まったお客様も両方拾ってしまいます。要は見分けがつかないんですよ。当然検討段階で煮詰まったお客様はアポイントを取って店舗へお越しいただければご成約となるのですが、検討が浅いお客様はどうしてもその前にドロップしてしまって、繫ぎ止めることができませんでした。
「クルマコネクト」では、見込み客を検討段階の最初の方で拾ったとしても、2ヶ月間チャットで寄り添ってナーチャリングすることで「ストック型」に変えることができるようになったのです。このようにマーケティングのやり方を根本から大きく変えようとしているというところは、私が進めてきた改革の一部ですね。
もう一点、同じくチャットを使って改革しようとしているのがオウンドメディアです。
——オウンドメディアでチャットというのは珍しいですね。
中澤:この5年間、ずっとオウンドメディアの集客力を上げることに注力してきまして、それはある程度成果が出たんですね。5年前と比較すると1.5倍ぐらいのトラフィックが取れるようになりました。そして次のステップがこのオープンチャット、もしくはライブチャットと言われる機能です。従来の送客ボタンやCTCなど、ウェブサイトの表現を超える手法として、会話機能によってウェブサイト自体の接客能力を上げようという取り組みが、今、まさに手応えとして数値的な成果を出しています。
固定のコンテンツでは補完できない会話をチャットが掬う
——オウンドメディアにおける「接客」とは、どのようなものになるのでしょうか。中澤:実は、ページごとにユーザーが何を知りたいかというのは、これまでのPDCAの結果でわかっています。例えば、個車情報の詳細ページでユーザーが一番聞きたいのは支払総額です。今までは、それなら支払総額を表示してあげればよかったのですが、総額を表示するとどうしても車両本体価格のみの表示より40万円ぐらい高く見えるわけです。
ユーザーはそもそも総額が何であるのかを理解していないので、単純に高いと感じてしまいます。ここにウェブ表現の限界がありまして、要はエクスキューズできないんですよ。しかし、チャットを使うことによって、総額とは一体なんなのかということを、ユーザーとコミュニケーションを取る中で説明しながら表現することができる。エクスキューズできるので、全然意味が違ってくるのです。
オウンドメディアには、検討段階の浅い人から深い人まで、それぞれが読みたいコンテンツを幅広く用意していて、これらのページごとに徐々にオープンチャットを置き始めています。
——従来型の送客ボタンに比べて、チャットを使うと成果が変わってくるのでしょうか?
中澤:圧倒的に変わりますね。中古車のように検討段階が長いものというのは、ユーザーはそれについて何も知らないところからスタートします。例えば、車のことを全く知らないユーザーが、車にはいろんなボディタイプがあることを知ると、じゃあ自分のライフスタイルに合ったボディタイプはなんだろう、という風に、何かを知ることでまた新たな疑問が生まれます。
つまり、知識を得ることが検討段階が進むことに繋がるのですが、実は、何か知識を得ると必ず新たな疑問が生まれます。その疑問が解消されるとまた新たな疑問が生まれる、という風に検討段階が深まっていくわけです。
それを踏まえて、チャットのCTAは、あることを知った時に、次はこういうことを知りたいのではないですか、ということを補完する形で設計されています。もちろん、ユーザーの傾向として一番知りたいものは分かっているので、固定的な送客ボタンでもある程度成果は出せると思いますが、ユーザーはそれ以外にもいろんなことを聞きたいものです。
チャットが非常に優れているところは、まずあなた知りたいのはこれですよね、というのを受け止めつつ、固定的なコンテンツでは補完できないところを会話でどんどん掬っていける部分なのです。
「回答の自由度をなくす」ことで成果を上げていく
——クルマコネクトやオープンチャットの接客は、人力ですか?中澤:botも組み合わせますが、半分は人力です。
——受け応えのシナリオ設計は中澤さんの部署で作成されているのでしょうか?
中澤:その通りです。シナリオ設計に必要なデータの解析も含めて全て私の管轄で行なっています。
——チャットの「想定問答」となると、ものすごい数になると思うのですが。
中澤:はい。膨大な数になるのですが、チャットの接客においては、その中からパターンを絞って回答の自由度を無くしています。
——それはPDCAを回しやすくするためですか?
中澤:おっしゃる通りです。チャットに限らず、実営業でも同様なのですが、コミュニケーションというものをどう型化して科学化するかが、継続的に成果を上げていくための大前提となります。
私たちはそれを実現するために、チャットの内容を「コミュニケーションマップ」というものと「トークスクリプト」という二つに分けて、それぞれでPDCAを回しています。
——もう少し詳しく聞かせてください。
中澤:コミュニケーションマップには、会話の大きな構成が書いてあります。例えば「挨拶」というセグメントが合って、挨拶から進んだら「まずユーザー状態をヒヤリングしてください」とあります。次に「ユーザー状態のヒヤリングをしたら、初期提案をしてください」とあって、初期提案の反応によってリアクションが分かれていって、それぞれのリアクションに対してどういうアクションを行うのか、という、大きな会話の動かし方を定義するものです。
——それぞれのセグメントの中に、さらに「トークスクリプト」があるわけですね。
中澤:そうです。セグメント一個の箱の中には膨大なトークスクリプトが存在しています。PDCAとしてはコミュニケーションマップとトークスクリプトを別個で回してチューニングしています。ユーザーはどの部分で離脱しやすいのか、どこをチューニングしたら後ろのKPIが上がるのかをモニタリングしながら、じゃあどっちがいいの、という場面ではABテストが必要になってくるので、あえて型にはめることで、最大公約数を取る形でそれを実現しています。それが「自由度をなくす」ということです。
——会話のABテストやコミュニケーションマップのABテストというのは、常に新しいものをストックしておくのですか?
中澤:ストックしておくというよりは、KPIが上がらない要因に対する仮説とそれに対する解決策を立てることを繰り返し続けるということですね。
——どれぐらいのタームでPDCAを回しているのでしょうか。
中澤:これについてはもう、日々というか、最低でも週1回では回しています。
「型化」をして組織PDCAを回せなければKPIは積み上がらない
——今のトレンドでは「パーソナライゼーション」という言葉もある中で、PDCAを回し成果を上げていくためには、いきなりパーソナライズに飛びつくのではなく、最大公約数を取り続けることが必要である、というのは盲点でした。中澤:実は、チャットマーケティングを始めた時は、車に詳しくて営業力のある、いわゆる「イケてる営業」をスタッフとして用意して、それぞれの力量に任せていたんですね。要は型化していなかったんです。当時であれば、逆にパーソナライズされた提案も、早い段階でバンバン出ていたと思うんですよ。ユーザーが思いつかなかったような車種を提示してワクワクさせるとか。
——それはユーザー側から見ると魅力的にも感じますね。
中澤:ただ、それの弊害というのが、結局個人の能力を超えることができないのと、組織としてPDCAが回せないので、KPIが積み上がっていかないんですよ。組織PDCAを回すためには、あえて自由度を減らして、個人の差異をなくす必要があります。たとえ車に詳しくないメンバーが接客をしていたとしてもKPIが積み上がっていくような姿を目指しているわけです。
——今のお話は、中古車販売に限らず組織を作る時の大きなポイントにもなりそうですね。戦闘能力が高い人間が集まっているスタートアップなど、最初のうちは業績が伸びるけれども、規模が大きくなるにつれてどうしてもそれを超えられない、というような状況はよく聞きます。
中澤:そうですね。特に営業の世界は能力が高い人間と低い人間の成果が10倍ぐらい変わってしまいますので。
——この「型化」をする、ということも改革の一つだったと思うのですが、どういった形で実現していったのでしょうか。中澤さんが全社的に号令をかけて推し進めてきたのでしょうか?
中澤:チャットに関してはそうですね。ただ、ここでその培われたノウハウというものを、できれば営業などにも展開していければいいなと思っているんですが、これがなかなか難しいのです。
——能力の高い営業の方などからは「なぜ成果を出している自分のスタイルを変える必要があるんだ」というような反発もありそうですね。
中澤:当然あると思います。なので、私たちはまだ改革のとば口に立っている状態ということなのです。渋いところでは、ウェブサイトのスピード改善やモバイルファーストインデックスなど非常にベーシックな改善もやっていますが、それはあくまで「改善」でしかありません。大きな改革を起こすにはコミュニケーションのあり方を変えなくてはいけません。
IDOMが目指す、シンプルなOMOの形
——デジタルでの接点とリアル店舗の両方を展開する事業として、「オムニチャネル」という概念に対してアプローチしていることはありますか?中澤:私たちのマーケティングはO2Oが前提です。オンラインで取ってオフラインに流すことが基本なので必然的にO2Oになってしまいます。その中で現在もう一歩進めようとしているのは、OMOの方へシフトすることですね。弊社は店舗がとても強くて、店舗こそ最強のオウンドメディアなんですよ。なので、そこで取得したものを、どうデジタルに戻していくのかというトライアルをこれから始めようとしています。
——どのようなOMOの形を構想しているのでしょうか?
中澤:そんなに大げさな話ではありません。弊社は「HUNT」というすごく大きな店舗、車が700台ぐらい展示してあるような業態の店舗を展開しているのですが、そこはショッピングセンターの一角に入っているので、膨大な人数が来場されるんですね。1日数万人レベルで。ただ、無目的に来る人がほとんどなので、その場で商談にはならないのですが、そんな来場者でも、実際に車に触れると「いいな」「気になるな」と思うわけです。だから、それをカタログとして持って帰っていただこうということを考えました。普通、中古車にはカタログがないんですよ。
——ニーズがあったものだけカタログを渡すということですよね。それはどのように実現するのでしょうか。
中澤:仕組みは単純です。展示してある車にQRコードを貼って、気になったらそれをスマホのカメラで読み取っていただくと、クルマコネクトのアプリ版がインストールされます。その際にディープリンクが発行され、その車の詳細情報がクルマコネクトに登録されるという仕掛けです。ちょっと気になるからカタログを持って帰りたいけど、中古車だからそんなのないし、という状態を補完してあげたかったのです。
——それ以外のタッチポイントで、ロングタームで考えている、OMOをもっと進んだ形で実現する構想などはありますか?ユーザーとの接点をカーライフ全般に広げると、中古車販売以外にもいろんな可能性があり得ると思うのですが。
中澤:その観点で言うと、サービスのリリースを控えていましてですね。ちょっとまだお話できないのですが、OMOとはまた少し違うかもしれません。夢がある系というよりかは、車を起点としたユーザーとの接点の作り方というのは、もっと渋いところにある、という感じでしょうか。
有望顧客判別にはAIが有効
——ちなみに、マーケティングにAIを取り入れていこうという考えは持っていますか?中澤:そうですね。実はAIについては会社全体でいうと結構な数をトライして失敗しています。ただ、いろんな失敗を重ねてきて学んだのは、最初は「AIをどう使うか」という観点で取り組んでいたということです。
——「AIありき」だったと。
中澤:はい。それだとやっぱりうまくいかないんですね。それよりかは実務の中で「ここどうにかならないかな」という部分をAIで実現しようという観点で取り組んだものはうまくいきます。たとえばクルマコネクトに関して言うと、「このお客様は手厚くコミュニケーションする価値があるよね」という有望顧客判別をAIで行なっているのですが、こういう判別モデル的なものは非常にAIの力を発揮しやすいのです。
——テクノロジーを活かして顧客の体験価値を高めるにはデータが必須なわけですが、データは集めただけだと意味がないですよね。たとえ集めたデータを一元管理できたとしても、その結果だけを眺めて「で?」となっている企業がまだたくさんあるように感じます。御社としてのデータの解析メソッドのようなものはありますか?
中澤:クルマコネクトは2種類のデータが取れることが特徴です。一つはウェブと同じ行動データ、もう一つは会話データです。重要なのは、行動データだけでは見込み客の優劣が決して判らないということなんです。特に車の場合は検討段階が非常に重要ですが、その人の検討度合いが浅いのか深いのかは行動データからはほぼ読み取れません。したがって、行動データと会話データを組み合わせて、それに基づいて有望顧客判別ロジックができあがっています。
筋のいい仮説を立てるには「行動観察」が必須
——中澤さんは現場経験がない人間がデータ分析をすることは難しいという持論をお持ちですが、それは行動データだけを見ても何も判らないという今のお話に通じることでしょうか?中澤:日々PDCAを回すためのデータ分析は、それぞれのマーケティング担当者が行う必要があるじゃないですか。すると、筋がいい仮説や効果的な施策を立てるという部分で現場経験のある人とない人では差が生まれてくるんです。もちろん定量分析も重要なのですが、結局それだけだと発想が生まれないのです。
——筋がいい仮説を立てるためのデータ分析には何が必要でしょうか。
中澤:私たちは「行動観察」という手法を多用しています。通称「右目左目分析」と言っているんですが。これは、左目でログ解析の定量データを分析しつつ、右目でユーザーの行動自体を「観察」するという手法です。
——右目と左目で別々のものを見るというのは具体的にはどういう状態でしょうか?
中澤:「フルストーリー」という行動観察のツールを使っているのですが、定量データと共に、ユーザーが画面上で実際どう動いているのかを文字通り観察するのです。ここで得られる情報って、特にチャットでは定量的に見るのは無理なんです。なので、この行動観察と定量的な分析両方を踏まえることで、ユーザーのインサイトや課題、新しい気づきが生まれてくる、という考え方なんですね。
——なるほど。確かにチャットで「この車はあんまり好きじゃない」と言っておきながら、実際にはその個車情報をずっと眺めていたりする可能性もありますからね。
中澤:思いっきりあり得ますね。要は、他のコンテンツや施策においても行動観察はとても大事で、たとえば動画の行動観察はこれと同じものになりますし、動画以外だと有名なところではユーザグラムだったり、GoogleAnalyticsでいうとユーザーエクスプローラーという機能が個人の動きにフォーカスした分析ができますよね。
——企業によっては現場経験のない方がデジマ担当として、データ分析をしなくてはいけないという場面があると思うのですが、その時はどんな心構えが必要になるでしょうか。
中澤:現場経験がない人ほど、まさに行動観察をするしかありません。なぜなら、それをして初めて現場の人間と同じような感覚を得られるからです。定量データ分析は、結果の確認においては優れていますが、施策を生み出したり気づきを得るという点において、実はあまり有効ではありません。なので、個人にフォーカスした行動観察やログ解析を踏まえたPDCAを回すことがとても大切です。
「サービスマーケティング」の開発こそがマーケターの役割
——マーケティングの改革を推進するにあたり、ツール導入をはじめ、会社としてかなり大きな投資をする決断をしていかなければならないと思います。中澤さんはどうやってその投資をよしとする経営判断を引き出しているのでしょうか。中澤:弊社は名前がIDOMなのですが、これは「挑戦」から来ているのです。その名前の通り、とにかく新しいこと、不可能と言われていることに対して挑む姿勢というのが私たちのアイデンティティなんですね。したがって、改革というレベルの新しい取り組み、もしかしたら失敗するかもしれませんよ、という取り組みに関しても基本的には全てチャレンジしていくという姿勢で、比較的投資してもらえるというのが企業文化的な背景としてありますね。
——そのチャレンジを上申するにあたり、心がけていることはありますか?
中澤:このような取り組みに対して「決裁を通す」という考え方をするのは間違いです。私たちがやるべきことは、決裁権者に「正しい判断をしてもらえる状況を作る」ことです。私は提案資料もそのスタンスで作っています。ROIももちろん大事なのですが、その投資が弊社にとって本質的にどういう意義があるのか、顧客に対してどういう付加価値を創造し得るか、そういったものが前提としてあった上で、ROIとしてはこれぐらいが見込める可能性があります、ただし不確定要素が大きいチャレンジなので、最悪リスクはこういったものがありますと、ポジティブネガティブの両方を提示します。
——これからの時代のマーケターとは、企業の中でどういうポジションでいるべきだと思いますか?
中澤:私はマーケターの役割が大きく変わってきていると思っています。日本における、特にデジタルマーケティングの役割は、これまで主にプロモーションの部分だけフォーカスされてきたと感じています。しかし、私の考えるマーケターの役割は、ユーザーのインサイトを発見すること、どのような付加価値「バリュープロポジション」を構築するかを考えること、そのバリュープロポジションをどのように恒久的にユーザーへ提供するのかという「バリュープロセス」を構築し推進することの3つです。私はこれをIVVと読んでいるのですが、IVVの仕組み全体を構築していく、サービスマーケティングの開発こそがこれからのマーケターの役割だと考えています。私たちの部署が取り組んでいるのがまさにサービスマーケティングの開発であり、クルマコネクトもその一部なのです。
——ありがとうございました。
さいごに
今回の取材は、中古車販売業の想像以上の特殊性と、その中で課題を的確に掴み取り、着実かつ強力なソリューションを一つずつ実行し一歩ずつ改革を推進していく中澤さんの芯の強さを感じるお話でした。特にデータに対する考え方やこれからのマーケターの役割については、業種の枠を超えて役立つ内容だと思います。
取材のためにクルマコネクトのチャットを触ってみたところ、不覚にも車を買い換えたいという想いが頭をもたげてきてしまいました。これもまた、IDOMの仕掛けたマーケティングの成果ということでしょうか。