デジタルツインとは:シミュレーションとの違いから事例まで解説
デジタルツインは、現実の機器や設備の稼働データを仮想空間上に構築するシミュレーションにリアルタイムで適用するソリューションをいいます。
従来のシミュレーションよりも高い結果を得ることができる上、エラーの予防や収益UPにつながるというメリットがあるため、IoT(モノのインターネット)業界を中心に注目されています。
この記事では、デジタルツインの概要や期待されるメリットについて、実際に活用されている事例について紹介します。
目次:
デジタルツインとは
デジタルツインは、機器や設備の稼働状況や稼働の環境をリアルタイムで収集しながら、仮想空間上に機器や設備を構築してシミュレーションをおこなうソリューションをいいます。
つまり、実際に機器や設備を動かしながら、それらの稼働によって得られるデジタル情報をモデルとしてシミュレーションを実施する手法のことです。
ひらたくいえば、リアルの空間で運用しているもののツイン(双子)を仮想空間に作り出すということ。仮想空間に作り出されるこのツインは、リアルの世界と連動性をもって再現されています。実際の状況に応じて動作支持や故障の予測ができるので、データ収集とモデル化を別々におこなうよりもよい結果が得られることが期待できるというわけです。
デジタルツインとシミュレーションの違い
デジタルツインと従来のシミュレーションの大きな違いは次の2点。
- リアルタイム
- 現実との連動
通常のシミュレーションは、想定できるさまざまなシナリオを基に仕様設計をおこないますが、それらはあくまで想定であって、現実の事象とリンクしているわけではありません。そのため、設計段階から実際の稼働までのタイムラグにより、問題や変更への即時対応は難しいといえます。
一方、デジタルツインならリアルタイムで稼働しているデジタル情報を参照することができるので、「想定シナリオ」よりも具体的かつ現実的なシミュレーションをおこなうことができるようになります。
デジタルツインとIoTとの関係
デジタルツインは、2003年にミシガン大学の教授によって提唱された概念です。2018年には、ガートナー社がハイプサイクルにおいて「過度の期待」のピーク期にある「企業や組織が調査するべき最先端の戦略的テクノロジー」としてその名称を挙げました。
ちなみにハイプサイクルは、特定の技術の成熟度や社会への適用度を示すガートナー社の造語で、新しい技術を5つの段階に分類し、その重要性や注目度の指標としています。もっとも、ハイプサイクルは米国における指標であり、日本におけるトレンドとは少しズレがあると考えた方が無難です。日本の産業テクノロジーは、現在米国を追いかけるような形になっているため、デジタルツインについても、今まさに注目が高まり、導入が検討されている段階とみなしていいのではないでしょうか。
デジタルツインに注目が集まったのは、IoTによってさまざまな機器のデータ取得が容易になったことと関連があります。IoT(Internet of Things)とは、インターネットを経由してセンサーと通信機能をもつ機器がつながることを意味します。これまでネットにつながっていなかったものがつながることによって、新たなデータを取得することが可能になり、そのデータをデジタルツインのように製造や開発、モデリングなどに活用することができるようになります。
センサーを通じてあらゆるモノのデータを取得することができるようになったため、高精度のシミュレーションが実現可能になり、より完全なかたちでの仮想空間へのフィードバックができるようになりました。つまり、IoTの進化とともにデジタルツインの概念は受け入れられ、導入が検討される段階になってきたのです。
デジタルツインで期待されるメリット5つ
デジタルツインを活用するメリットは5つあります。
デジタルツインのメリット1. 設備保全の質向上
デジタルツインによって、不具合や予期せぬエラーに対するメンテナンス、保全の質を向上させることが期待できます。これは、リアルタイムの稼働データを仮想空間に反映させていることで、問題の箇所の特定だけでなく、設計上のミスや誤った使い方をしている場合のデータも詳細に取得できるようになっているためです。これまでのシミュレーションでは、出荷後の運用データをチェックするには時間がかかったりシステム上不可能だったりしましたが、デジタルツインなら製品の製造から出荷後までのデータを把握できるため修繕が容易になる可能性が高くなります。
デジタルツインのメリット2. コスト削減
デジタルツインは、仮想空間に現実と同じものを構築するので、製品の試作をデジタル上でおこなえるという利点があります。
実際に製造するよりもコストは安くすむので、試作を重ねても利益を圧迫することはありません。むしろ、コスト削減に大きく寄与することができます。
デジタルツインのメリット3. リスクの低減
仮想空間で試作をおこなえるということは、製造工程の改善および新製品テストをデジタル上でおこなえるということも意味しています。これによって、実際に製品を試作したりテストしたりするよりも安全に作業を実施できるようになり、製造工程全体のリスクを低減できます。
また、システムの入れ替えや停止時に発生しかねないトラブルも、事前にデジタル上で試用することで予測・回避をしやすくなります。
デジタルツインのメリット4. 生産の時短化
デジタルツインは、そのデータによって生産体制の最適化をはかることもできます。稼働状況や負荷といったデータを可視化して改善策を講じる、つまり管理業務の代行をすることによって生産から出荷までのリードタイムを短くし、作業効率を上げることが期待できます。
デジタルツインのメリット5. アフターサービスの充実
出荷後の稼働状況をデジタルツインでモデリングすることは、顧客にとってもメリットをもたらします。
部品の摩耗状況や製品の疲弊度をチェックし、適切なタイミングで部品やバッテリーの交換、修理を実施することができるからです。普段の使用方法をチェックすることで、顧客のニーズを把握し需要に合ったサービスの提供を検討することもできます。
デジタルツインの活用事例
デジタルツインの活用は多岐にわたります。
製品の状況をリアルタイムでチェックしてデータを取得して製造開発に役立てる企業もあれば、製造プロセスや制御システムをデジタルツインを活用することによって連携させ生産性の向上をはかる企業もあります。
この多様性こそ、デジタルツインのみどころといえるかもしれません。つまりいくつかの機器ごとに実装していたデジタルツインを、連携および統合させて全体的な分析や過程の検証に活用できる可能性があるということです。ひいては、企業全体のデジタル化や、製造工程を丸ごとデジタル化する上でのキーになる可能性を秘めているといえます。実際、ドイツのシーメンスは企業のデジタル化を目指してデジタルツインを導入しています。
その多様な可能性について、次に事例を挙げました。
ジェットエンジンの状態をリアルタイムで把握
ジェットエンジンを開発製造しているGE・アビエーションは、ジェットエンジンに200のセンサーを設置して、飛行中も含めてエンジンの稼働状態をリアルタイムでチェックしています。嵐や雨といった気象状況だけでなくバードストライク時にどのようなことが内部で起こっているかというデータを取得して、安全性の高いエンジン開発に役立てています。また、異常が確認された時に緊急修理が手配できるようにするなど、リアルタイムのチェックならではのメリットも活かしています。
製品のライフサイクルをデジタル化
ドイツのシーメンスは、製造プロセスと制御システムを連携し、生産性を高めるためにデジタルツインを導入・活用しています。
金属積層造形技術の分野においてデジタルツインのシミュレーションをおこない、金型の修繕タイミングなどを計測、効率よく高品質な製品を工作できるようなプロセスを構築しています。シーメンスは、製造環境をすべてデジタル化することで各所のデータを自由に活用できる状況を目標にしており、デジタルエンタープライズな先進的企業として、ドイツのデジタル化第一線を走っています。
選手の動きを仮想空間に再現した2018年W杯
製造や開発といった産業分野だけでなく、スポーツの分野にもデジタルツインは導入されています。
2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会では、デジタルツインによって選手やボールの動きが逐一デジタル上に再現されました。
監督やデータ分析の担当者は、支給されたタブレット端末でその情報にふれることができ、選手交代や戦略構築に役立てたとされています。
これにより、初の「デジタルワールドカップ」と称されました。
街全体がデジタルツインに:インフラ整備の究極系
シンガポールは、2014年から「バーチャル・シンガポール」という計画を推進しています。シンガポールの地形や警官、建築物、交通網といった国土全てをデジタルツインでモデル化し、都市と人口がどのように変化していくのかを可視化しようという試みです。将来的には災害に対する影響や日照時間といったことまでシミュレーションできるように想定されているといい、街中のセンサーや公的機関のデータ、個人のスマホのGPS情報などあらゆるデータを集約しておこなわれる大事業です。
シンガポールは都市開発が活発化しており、渋滞や工事の騒音が社会問題として扱われています。そのため、バーチャル・シンガポールは渋滞の解消や都市開発の効率化に寄与するのではないかと考えられています。
バーチャル・シンガポールの資料映像
日本もデジタルツイン化する?
国土交通省は、デジタルツインを活用した「国土交通データプラットフォーム(仮称)」という整備計画を2019年5月、発表しています。
これは、国交省のデータと民間のデータを活用してデジタル空間に都市部を再現し、その3次元データを交通の最適化やスマートシティ実現に活かすという計画とされています。ゆくゆくはドローン配送やVR(拡張現実)を使った観光体験といった試みにも活用される想定がされているようで、ひとまず2020年までに3Dの地図表示を構築することが目標と発表されています。
・国土交通省「国土交通データプラットフォーム(仮称)」
https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_000592.html
5Gがデジタルツインの加速化をリードする
ハイプサイクルでデジタルツインを「過度の期待」のピーク期にあるとしたガートナー社は、2020年までに210億個異常のセンサーがネットワークにつながり、数十億個のさまざまなものがデジタルツイン対応になるだろうと予測しています。
天文学的ともいえるこの数字の根拠は、次世代通信規格5G(ゴジー/ファイブジー)の整備がデジタルツインを加速させるという確信があるからと考えられています。
5Gは、現在の通信規格である4Gの100倍の通信速度を達成するとされており、これは2時間の動画も4秒ほどでダウンロードできてしまう計算になります。超高速の通信によって、ネットワークに負荷をかけずにデータのやりとりができるようになり、膨大な数のセンサーを取得するデータが遅滞なく連携する未来がくると考えられているのです。
まとめ
デジタルツインは製造開発だけでなく、都市構想や交通インフラの適切なメンテナンス、運用にも役立つ可能性のあるソリューションです。日本ではまだ導入事例は多くありませんが、IoTの普及や5Gの到来によって一気に活用が広がる可能性があり、今後に注目したいところです。