多拠点展開と連携によってクイックコマースのネットワークを構築する
アプリやネットスーパーで注文した商品が、30分以内に手元に届くクイックコマース(Qコマース)は、都市部を中心に急速なサービス広がりを見せています。
2022年はクイックコマース元年になるのではという声もあり、コロナウイルスによって変化したライフスタイルに沿った新たな購買行動として、認知されつつあります。
外資系デリバリーサービスと連携したり、大手コンビニがその出店数を活かして本格参入したりといった動きに、小売の転換点が見えてきます。
本稿では、クイックコマースの参入状況を参照しながら、Qコマースにおけるビジネスのポイントについてまとめています。
即時配達を可能にするための、ダークストアや配達員(ギグワーカー)といった役割を紐解くことで、多拠点展開の強固なネットワークがクイックコマース成功の鍵であることが見えてきます。
クイックコマースの全国展開状況
クイックコマース(Qコマース)は、コロナウイルスの影響によって変化したライフスタイルが定着した2022年に、注目を集めています。
フィンランド発の外資系デリバリーサービスが日本に本格参入してきただけでなく、国内企業も試験的・実験的に始まっていたクイックコマースを本格的に提供し始めました。
次世代型サービスと言われていたクイックコマースは、徐々に日常生活へ浸透しつつあります。
外資系Qコマース企業が日本の小売大手と連携
2020年に日本へ上陸したフィンランドの外資系デリバリーサービスは、2022年から日本の複数企業と提携しています。
提携企業は東北や東京のデパート、スーパー等が中心で、店舗から6キロ圏内なら30分以内で商品を届けることができると発表されています。
取り扱い品目は5,000点程で、生鮮食品が中心ですが、日用品や化粧品等幅広い分野を網羅しています。
フィンランドの人口密度は、16人/㎢で、335人/㎢の日本と比較すると格段に人口密度が低い国です。また、年間を通じて日照時間が短い天候ゆえにデリバリーの需要は高く、そのノウハウや顧客体験が日本企業と提携した際も活かされると期待されています。
なお、配達パートナーには交通安全ルールや配達マナーの研修が行われ、適性テストに合格した人員のみが採用されています。
ZHDはPayPayダッシュを経てYahoo!ブランドで展開
ZHDは、クイックコマースをYahoo!マート事業として展開しています。
クイックコマースは、2021年3月に行われたZHDとLINEの経営統合後からすぐに新サービスとして構想が練られ始め、同年7月には早くも実証実験がスタートしました。
実験後、名称を改めて2022年に本格始動となっています。
ZHDは、専用アプリから注文すると配達員がスーパーで商品をピックアップし配達してくれるという「PayPayダッシュ」サービスを提供していましたが、当時は即時配達サービスの利便性をPRしきれず、軌道に乗せることができませんでした。
2022年に始動したYahoo!のクイックコマースは、この失敗を活かして、1,500品目の商品を最短15分以内に届けるというシステムを構築しています。
なお、このクイックコマースの実証実験における平均注文頻度は、一人あたり3.7日に1回程度、月間の最高注文件数は70回とされています。
セブンHDが本格的に展開開始
これまで、コンビニエンスストアは新規出店を成長戦略の中心としてきましたが、ここ数年は苦戦を強いられてきました。
年間約1,000店のペースで新規出店を繰り返してきたコンビニは、店舗間競争の激化もあり、売上が伸び悩んでいました。都市部のオフィス街では、在宅勤務が一般化したために利用客そのものが減っているという変化も売上減に拍車をかけています。
そこで、セブンHDが新規出店に代わる新しい成長源として展開しているのが、クイックコマースです。これまでも、北海道の一部エリアや広島県、東京都等で、店内商品を30分以内に配達するクイックコマースの実証実験を行ってきましたが、ここへきて本格始動となりました。
セブンHDは、2023年中にクイックコマース対応の店舗を5,000店規模へ、そして2025年には全国へ展開することを目標としています。
また、別のコンビニ大手もデリバリーサービスを展開する企業と提携することで、店舗の商品を即時配達できるシステムを提供し始めています。
ゆくゆくは、コンビニの店内厨房で作った調理品のデリバリーも拡大する計画があります。
クイックコマースのビジネスポイント
クイックコマースは、外出自粛の動きや在宅勤務の広がりによって一気にその利便性が知られるようになりました。
自身が買い物に行くよりも簡単で、ネットショッピングよりも格段に早いタイミングで商品が手元に届くという使い勝手の良さに、多様化したライフスタイルを送るようになった消費者は注目しています。
とはいえ、クイックコマースの企業間競争は激化していて、消費者のニーズを満足させるサービスを提供するのは並大抵のことではありません。
クイックコマースの顧客満足度は、「デリバリーにかかる時間」、「デリバリーの価格」、「注文可能な商品ラインナップ」の3つの要素によって成り立ちます。
商材の種類は、SKU(Stock Keeping
Unit)数であらわすこともできます。
年齢やライフスタイルによって、消費者がクイックコマースで買いたい商品は異なってきます。Qコマースの商圏は、30分以内に配達できる比較的小さな範囲となるので、そこに生活する消費者のニーズを的確に捉えることが重要になってくるでしょう。
また、30分以内に商品を確実に注文者の元に届けるためには、円滑な即時配達システムが不可欠です。その鍵を握るのが、ダークストアです。
ダークストアは、商品ラインナップの充実にも関わってきます。
即時配送とダークストア
店舗でありながら店頭販売を行わない配達拠点ダークストアは、即時配達に欠かせない存在です。
配達員は、実店舗と同じように並んでいる商品から注文のアイテムをピックアップし、自転車やバイク等で注文者の元へ運びます。
拠点となるダークストアは多ければ多いほど、デリバリーの時間を短縮することができます。
ダークストアが近距離に位置していれば、ダークストアAで在庫切れとなった商品を、まだ在庫が潤沢なダークストアBから補充させるといった連携も可能になるため、より強固な即時配達ネットワークを構築することができます。また、ダークストア同士が近距離にあれば、倉庫からの在庫はすべてダークストアAに届け、B、C、Dの各店舗に届けるという物流システムも可能になります。
デリバリーのための拠点が増えれば、それだけ利便性を高めることができるわけで、コンビニ大手がデリバリーサービスに本格参入している強みもそこに見出すことができます。
店舗の密集地で真価を発揮
先に述べたように、エリアに複数店舗を置くことで、即時配達のネットワークは強固なものとなります。広い区画に1店舗で対応しようとすると、配達員は長い距離を移動しなければなりません。あまりに担当エリアが広いと、約30分以内に届けるというクイックコマースの特性を保つのが難しくなります。
また、商品を運ぶのに時間がかかるため、デリバリー価格も高く設定せざるを得なくなるでしょう。
一方で、多店舗でクイックコマースのネットワークを構築すれば、短い距離を移動しながら効率よく商品をピックアップ、配送することができるため、30分以内と言わず15分、20分といったスピーディな配送が可能になるかもしれません。
これまでは、同じエリアに複数店舗を新規開店させることで、店舗間競争が激化し共倒れになるという問題が見られていましたが、クイックコマース戦略においてはこれが功を奏すこともあります。
さらに、他業種が連携してデリバリーシステムを構築するメリットもここにあります。エリア内で密な連携を構築することで、消費者の利便性は高められ、Qコマースの維持コストも抑えられていくはずです。
クイックコマースの日本での普及は進むか
日本は元からコンビニの数が多く、「物を買う」という行為に関してスピーディさが求められる、せっかちな傾向があると言えるかもしれません。住宅街にもコンビニやスーパーが多く点在しているため、近接する複数店舗のうちの1店をダークストアとして利用するのも現実的ではあります。
一方で、人口の少ない地域では配達員の確保やダークストアとして活用できる拠点が少ないという声もあります。また、円滑な運営の要である配達員の労働環境を問題視する声もあり、社会全体でこうしたギグワーカーの働き方に変革を求める風潮も見過ごせません。
クイックコマースを広く普及させるためには、こうした課題を解決するような戦略が必要になるかもしれません。
人口密集地だけのサービス?
クイックコマースはデリバリーの拠点となる実店舗、あるいはダークストアが密接に位置していればいるほど拡大しやすいという側面があります。
クイックコマースで配達可能な商圏にある程度の店舗が密集している、そしてユーザーとなる消費者が近距離で一定数必要です。
このような条件を考えると、コンビニやスーパーが数多く立ち並ぶ地域、大きな住宅街がある地区といった「人口密集地」でしか成功し得ないのではないか、という懸念もあるかもしれません。
これを解決するのが、デリバリーサービス事業との連携です。他業種あるいは別々の店舗が連携することで、それぞれのノウハウや得意分野を活かしながらクイックコマースのネットワークを構築できる可能性があります。
日本の普及を進める鍵
急速にその認知度を高めたクイックコマース(Qコマース)ですが、ZHDが「PayPayダッシュ」を展開した際には苦戦した過去があり、現在でも競争激化や人手不足を理由に外資系デリバリーサービスが撤退するといったことがあります。
2022年がクイックコマース元年になるかどうかは、激化する競争の中で、企業がデリバリーシステムをより洗練されたものへと昇華させられるか、また日本社会がデリバリー配達員のようなギグワークへの理解を深められるかといったことが焦点となるかもしれません。
単発で仕事を請け負うギグワーカーは副業解禁やコロナによる仕事・収入減というニーズに応じて増加しました。
しかし、報酬が安い、研修がない、保障がない、といった点からギグワークを不安視する労働者も少なくありません。こうした問題は日本国内だけでなく、諸外国でも大きくなっています。
クイックコマースは、店舗(ダークストア)だけでなく、配達員も重要な役割を果たします。そのため、今後は、こうしたギグワークの働環境整備を検討することも成功の要件となってくるかもしれません。
このままクイックコマースの需要が増加して、さらに企業間競争が激化した場合、ギグワーカー不足がその勝敗を分けるという可能性もゼロではないでしょう。
クイックコマースにおいては、人的リソースの確保と、物流システムを含めた効率的なネットワークの構築が重視すべき鍵になってきます。