イノベーティブな生鮮食品EC、クックパッドマートの事業責任者に学ぶ「新しい仕組みの作り方」(後編)
前回、弊メディアで取材させていただいてから2ヶ月。昨年9月にローンチした置き配型生鮮食品EC「クックパッドマート」は、ひとところに立ち止まることなく目まぐるしい変化を続けています。
それは、受け取り拠点の拡張という側面だけではありません。アプリの改修はもちろん、冷蔵庫の改修、新たな機能や仕組みの開発、現時点ではまだここに掲載できないことまで、常にサービスに手を加え続けている印象です。
クックパッドマートは何故、ここまでイノベーティブであり続けられるのでしょうか?今回、事業責任者の福﨑さんに再びお話を伺う機会をいただき、その背景についてお聞きしました。
すると、出るわ出るわ、福﨑さんの頭の中にあるものは、想像をはるかに超えて広く、そして同時に深いものでした。その思考から出るアイデアの数々は、どのような業種に身を置いている方にとっても、新しい事業や仕組みを作る上での示唆に富んでいます。
そんな福﨑さんのお話を前後編に分けてたっぷりとお届けします。後編では、福﨑さんが描いている広い絵や、イノベーティブな事業を推進するためのチームビルディングの秘訣などについても語っていただきました。
【前編はこちら】
福﨑さん(以下、敬称略):実は私たちも1週間分の献立サービスを何回か立ち上げたことがあるんです。でも、難しかったですね。おっしゃるように、1週間分の計画を立てたいという方はたくさんいるんです。しかし、実際に立てられる方は全然いない。そこで、私たちがやれたらいいなと思っているのは、当日と翌日とか、当日から3日間ぐらいのことを見立てられるようにする支援ですね。もちろん献立のような購入支援もありますが、もう一つの切り口としては、買ってもらった食材について、こういう選択肢があるんだよ、というのを後から伝える支援の方法です。私は、どちらかといえば後者の方が面白いんじゃないかと思っています。
伊藤:魚屋さんなどで買い物をするときに、余ったら何に使えばいいっていう会話があったりしますよね。
福﨑:そうです。余った分もそうですし、当日に気分が変わることもよくあるので。煮魚にする予定だったけど、塩焼きでも美味しい、とか、買った後でも選択肢がうまく与えられるといいんじゃないかなと思います。
福﨑:信頼というワードでお話しすると、まずは皆さんがどこに対してどのような信頼を持っているかをちゃんと可視化する必要があります。レビューもそうですし、「ユーザーさんが今食べたいもの」の根拠がどこにあるのかをサービス側で解釈して提案することが可能になって、初めてこのサービスに対するユーザーさんの信頼が生まれると思っています。
伊藤:具体的にはどういうことですか?
福﨑:私は社員とランチに行く時に「何食べたい?」と聞くんですね。それで「あれを食べたい」と言われると、必ずそれとは違う提案をするんですよ。でも、大抵「それもいいね」となるんです。例えば誰かが「生姜焼きが食べたい」と言った時って、多分お腹が空いていて、ガッツリしたものが食べたいんですよ。ただ、彼の辞書には生姜焼きしか載っていないから、生姜焼きという解決策しか導き出せない。そこを超えないとずっと同じものを食べることになります。生姜焼きを食べたい根拠をこちらで解釈して、違う解決策を導き出すと、その意思決定は大抵の場合変えられるし、その時に私が持っている食の情報に対する信頼が生まれます。
伊藤:食のマンネリ化って、分かっていても陥りがちですものね。
福﨑:食材に旬がある日本でいろんなものが食べられるというのは、文化的にも経済的にもいいことだし、サービスに対価を支払うことによって、そのような提案を含めて全部やってくれる、という世界が実現できると思うんですね。ただし、そこで大事なのはユーザーさん自身の意思がそこに介在することです。購入履歴なりアンケートなりを使って、食材やメニューを自分でコントロールしているんだと実感できるサービスにまで行き着くのが理想的ですね。
伊藤:目利きをしてくれる販売者も、何かしらの情報がないと最適な目利きはできませんしね。
福﨑:食材を購入する部分もそうですし、最終的には自分が受け取りに行くのか、家に届けてもらうのかも選択できるといいですね。平日は不在にしているので自分で取りに行くけど、週末は家に届けてもらう、みたいに。
伊藤:自分で意思決定しているっていう実感が大切なんですね。
福﨑:ちょっと話は変わりますが、私たちのサービスって、家事代行サービスとすごく相性がいいと思っていて。クックパッドマートで注文だけしておけば、家事代行の方が代わりに商品のピックアップと下ごしらえまでして、冷蔵庫に入れておいてくれれば、あとは自分でやるだけ、というように。これまでは共働きだと非合理的なことが連続していたけれど、このサービスにお金をかけることによって、自分たちの好きなところに時間を使えるようになるので、社会的にも意義があるなと思います。ウーバーがただの移動手段を提供しているのではなく移動のストレスを全て解放してくれるサービスであるように、私たちも料理の不安を全て解消するサービス、インフラとして成立させていきたいです。
福﨑:その三者の関係性を作る場を提供したいな、とは思っています。例えば、今後は「この農家さんの野菜は美味しい」となれば、週1回そこの野菜を自宅に届けておいてくれればそれでいいというユーザーさんもいらっしゃると思うので。もう一つは、ユーザーさんが仲卸や市場などに対して直接「この生産者のこれを扱ってほしい」と要望を出せる仕組みですね。生鮮食品って、究極的に情報の非対称性が小さい商材だと思うんですよ。だから、販売者よりもユーザーさんの方が情報を持っていることも充分にあり得ます。その中で、クックパッドマートでユーザーさんが進言したことによってそれが売れて、生産者や販売者が儲かるという世界ができても面白いですよね。
伊藤:クックパッドマートが生産者のマーケティング支援的な役割も果たすプラットフォームになるというのは面白いですね。
福﨑:本質的な話をすると、結局、誰のところにお金と信頼が集まっていけばみんなが幸せになれるかということなんです。同じ野菜、肉を作っている農家さんなら、やっぱりすごく美味しいものを作っている人にお金と信頼が集まるべきなんですよね。そうすることで、新しいチャレンジができるようになります。
伊藤:食を通じたコミュニティの新しい形になりそうですね。
福﨑:あとは、市場経済だと、信頼とお金が集まったものを「権利」として売却できて初めてマーケットとして成立すると思うので、そこをどうやって作るかも大切ですね。経済成長を産んだ株式市場と同じです。ただし、マネーゲームにはならないようにしなくてはいけない。食品が実際の価値とあまりにもかけ離れた価格で取引される、というのはよくないと思うので。
伊藤:ただ販売するモデルを作るだけではなくて、「食」というテーマを市場経済という視点にまで掘り下げて考えているからこそ、様々なアイデアが次々と湧いてくるのでしょうね。
福﨑:私自身、ずっとそのような考え方で生きてきてまして。10年ぐらい前に起業した時のテーマは「個人のスキル評価」でした。クラウドソーシングがまだなかった時代に、個人はどうしたら評価を可視化できるんだろうというのをずっと考えていたんですよ。クラウドソーシングって、エンジニアとかデザイナーなど、アウトプットがわかりやすいところには単価が付きやすい。食品もアウトプットが明確です。結局生産者の努力が形になって現れるので、ユーザーさんが評価し、信頼とお金が集まるという市場が成り立つと思うんですよね。
伊藤:仕組みさえできれば、カリスマ生産者、カリスマバイヤーがもっと出てくるわけですね。
福﨑:そうですね、問題は、そういった方が誰に売りたいかですね。正直なところ、今、日本国内の個人に売りたいと思っている方は少ないです。売るのは海外のマーケットだったり、日本の大きな市場だったり。
伊藤:それはある意味、数の論理ですよね。豊洲市場などがそれだけの量を買うことにコミットしてくれるからそうなってしまうという。
福﨑:結局、これまで生産者さんが売る努力をあまりしてきていないので、そこは本当にやりやすい手段を作ってあげないといけません。もちろん、DtoCをやり始めている方もいますけれども。
福﨑:採用にはすごく時間をかけています。短期で採用してしまうと一気に質が落ちてしまうので、どうすれば中長期的な視点でミッション・ビジョンに貢献してくれる人に出会えるかにはこだわっています。それから、社員がやりたいことを常に確認して、何をやってもらうかに気を使っていますね。例えば普通の会社だと、この人はデザイナーだからデザインをやる部署にアサインして落ち着く、みたいなことだと思いますが、私は組織を結構変えるんですよ。半年に一回は絶対に大きな変更をしますし、3ヶ月に1回は少しずつ役割を変える、みたいなことをやっています。
伊藤:組織を頻繁に変えるのは何故ですか?
福﨑:3ヶ月後にはこうしなきゃいけないというのを考えている時って、みんなだんだん小さなことをやりだすんです。結果が出やすい、分かりやすい、誰から見てもオーケー、ということを考えてしまう。それは優秀な人でもそうです。私は「ぶっ壊す」のが好きなので、そこの目線をガッと引き上げて、今までになかったような発想を引き出したいのです。だから私は常に「結果が2倍以上になる打ち手しかやらない」と言っていますし、社員各自が「自分がこの仕事をやるとサービスの景色が変わるんだ」と思えることをやり続けた先にサービスの成長があると思っています。その分、みんなも大変だと思いますが(笑)先ほど申し上げたラストワンマイルの仕組みも現時点では何も決まってないですからね。明日、デザイナーの予定を取っていて、仕組みを考えるよりもアプリの画面を作った方が早いということで、1日でアプリのデザインを作っちゃって、このUXを実現するにはどうするかという議論に持っていくという発想です。「1ヶ月で仕組みを作り切ろう」と号令をかけているので(笑)。
伊藤:社員の方は大変ではありますが、考えようですよね。そのような確実に社会にインパクトを与える課題が目の前にあって、「君がやりなさい」と任せてくれる職場って、チャンスをものにしたい人にとっては最高じゃないですか。
福﨑:おっしゃる通りです。私は、メルカリさんがバリューで宣言している「Go Bold(大胆にやろう)」という言葉が大好きで。私が社員に提供できるものは本当に一つしかなくて、皆さんが私と一緒に過ごした時間が少しあっただけで、他の人と過ごしたよりも濃い人生になる、ということだけにコミットしたいのです。やっぱり、簡単なことをちょこっとやっただけでは濃くならないんですよ。もちろんちゃんとケアしなくてはいけないのですが、この人はどこまでできるんだろう、というのは議論しながら見極めて、それぞれに課題を与えて、みたいなことをやり続けると人は成長できますし、そういうメンバーが集まったチームができるといいなと思っています。
福﨑:サービスのミッション、ビジョンを決めたのは、事業を立ち上げてから1年ぐらい経ってからですね。立ち上げ当初は人数が少なかったので、それは口頭で毎日話せばよかったんです。しかし、メンバーが増えてくると一人一人と会話する時間も減りますし、自分たちは何を行動規範に動くのかという共通認識を作るために決めました。
ミッションビジョンは、書くことよりも壁に貼るっていうのが大事です。おしゃれなボードで。おしゃれなボードっていうのもすごく大事で(笑)。何故なら人間って忘れてしまう生き物なので、常に何か大きな意思決定をするときは貼ってあるミッションビジョンを見て、そこから逸れていないかというのを自分でコントロールするという側面があります。
ミッションビジョンは、サービスに関わる全ての人のためのものです。どうしてもユーザーさんが増えていくとそこだけを見がちになるのですが、「ユーザーファースト」というのは決してユーザーさんだけを見続けることではなくて、ユーザーさんが本質的に欲しいものを私たちが解釈して作ることです。その想いを言語化して残すことで、生産者であったり、サービスに関わってくれるいろんな方がいるということを認識できるし、「仕組みづくりを追求する」と書いてあるように、自分たちがやるのではなくて、「仕組み」として提供していくことにこだわる、ということも徹底できるのです。
伊藤:その想いが、実際にサービスに色濃く現れていると実感しました。本日はありがとうございました。
福﨑:ありがとうございました。
【前編はこちら】
それは、受け取り拠点の拡張という側面だけではありません。アプリの改修はもちろん、冷蔵庫の改修、新たな機能や仕組みの開発、現時点ではまだここに掲載できないことまで、常にサービスに手を加え続けている印象です。
クックパッドマートは何故、ここまでイノベーティブであり続けられるのでしょうか?今回、事業責任者の福﨑さんに再びお話を伺う機会をいただき、その背景についてお聞きしました。
すると、出るわ出るわ、福﨑さんの頭の中にあるものは、想像をはるかに超えて広く、そして同時に深いものでした。その思考から出るアイデアの数々は、どのような業種に身を置いている方にとっても、新しい事業や仕組みを作る上での示唆に富んでいます。
そんな福﨑さんのお話を前後編に分けてたっぷりとお届けします。後編では、福﨑さんが描いている広い絵や、イノベーティブな事業を推進するためのチームビルディングの秘訣などについても語っていただきました。
後編目次
1. 「買った後」に選択肢を与えるサービスになりたい
2. なんでもやってくれる、ただしユーザー自身がそれをコントロールしている実感があることが大事
3. 本質は、誰の元に「お金と信頼」が集まればみんなが幸せになれるか
4. 「他の人と過ごすより、自分と過ごした方が社員の人生が濃くなる」ことだけにコミットする
5. 「ユーザーファースト」とはユーザーだけを見続けることではない
スピーカープロフィール
福﨑 康平(ふくざき こうへい)
1991年生まれ。在学中にバザーリー株式会社を設立し、災害版民泊サービスである「roomdonor.jp」などを運営。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、習い事CtoC「サイタ」を運営するコーチ・ユナイテッドに入社。取締役を経て代表取締役社長に就任。事業売却ののち、2018年にクックパッド株式会社に新規事業担当として入社。生鮮ECサービス「クックパッドマート」の立ち上げを行う。現在は、買物事業部本部長、JapanVPとして事業全体の統括を行う。
伊藤 暢朗(いとう のぶお)
1973年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。法人大手のお客様担当営業に8年従事したのち、営業の提案活動を支援する専門組織立ち上げに参画。以後13年間営業支援に携わり、2019年5月にエスキュービズムに入社。
「買った後」に選択肢を与えるサービスになりたい
伊藤:共働き家庭のお困りごとの中に、「1週間の献立を考える」というのがあるなと思っていて。忙しいとルーティンな献立になりがちなんですよね。だから、1週間分の献立を提案していただいて、そこから買い物をポンポンできる、というサービスがあったら便利だなと思ったのですが。福﨑さん(以下、敬称略):実は私たちも1週間分の献立サービスを何回か立ち上げたことがあるんです。でも、難しかったですね。おっしゃるように、1週間分の計画を立てたいという方はたくさんいるんです。しかし、実際に立てられる方は全然いない。そこで、私たちがやれたらいいなと思っているのは、当日と翌日とか、当日から3日間ぐらいのことを見立てられるようにする支援ですね。もちろん献立のような購入支援もありますが、もう一つの切り口としては、買ってもらった食材について、こういう選択肢があるんだよ、というのを後から伝える支援の方法です。私は、どちらかといえば後者の方が面白いんじゃないかと思っています。
伊藤:魚屋さんなどで買い物をするときに、余ったら何に使えばいいっていう会話があったりしますよね。
福﨑:そうです。余った分もそうですし、当日に気分が変わることもよくあるので。煮魚にする予定だったけど、塩焼きでも美味しい、とか、買った後でも選択肢がうまく与えられるといいんじゃないかなと思います。
なんでもやってくれる、ただしユーザー自身がそれをコントロールしている実感があることが大事
伊藤:今のクックパッドマートの仕組みに、目利きした販売者オススメの食べ方みたいなものが付加されると、「信頼できる誰々さんから定期購入したい」というニーズが生まれそうですよね。福﨑:信頼というワードでお話しすると、まずは皆さんがどこに対してどのような信頼を持っているかをちゃんと可視化する必要があります。レビューもそうですし、「ユーザーさんが今食べたいもの」の根拠がどこにあるのかをサービス側で解釈して提案することが可能になって、初めてこのサービスに対するユーザーさんの信頼が生まれると思っています。
伊藤:具体的にはどういうことですか?
福﨑:私は社員とランチに行く時に「何食べたい?」と聞くんですね。それで「あれを食べたい」と言われると、必ずそれとは違う提案をするんですよ。でも、大抵「それもいいね」となるんです。例えば誰かが「生姜焼きが食べたい」と言った時って、多分お腹が空いていて、ガッツリしたものが食べたいんですよ。ただ、彼の辞書には生姜焼きしか載っていないから、生姜焼きという解決策しか導き出せない。そこを超えないとずっと同じものを食べることになります。生姜焼きを食べたい根拠をこちらで解釈して、違う解決策を導き出すと、その意思決定は大抵の場合変えられるし、その時に私が持っている食の情報に対する信頼が生まれます。
伊藤:食のマンネリ化って、分かっていても陥りがちですものね。
福﨑:食材に旬がある日本でいろんなものが食べられるというのは、文化的にも経済的にもいいことだし、サービスに対価を支払うことによって、そのような提案を含めて全部やってくれる、という世界が実現できると思うんですね。ただし、そこで大事なのはユーザーさん自身の意思がそこに介在することです。購入履歴なりアンケートなりを使って、食材やメニューを自分でコントロールしているんだと実感できるサービスにまで行き着くのが理想的ですね。
伊藤:目利きをしてくれる販売者も、何かしらの情報がないと最適な目利きはできませんしね。
福﨑:食材を購入する部分もそうですし、最終的には自分が受け取りに行くのか、家に届けてもらうのかも選択できるといいですね。平日は不在にしているので自分で取りに行くけど、週末は家に届けてもらう、みたいに。
伊藤:自分で意思決定しているっていう実感が大切なんですね。
福﨑:ちょっと話は変わりますが、私たちのサービスって、家事代行サービスとすごく相性がいいと思っていて。クックパッドマートで注文だけしておけば、家事代行の方が代わりに商品のピックアップと下ごしらえまでして、冷蔵庫に入れておいてくれれば、あとは自分でやるだけ、というように。これまでは共働きだと非合理的なことが連続していたけれど、このサービスにお金をかけることによって、自分たちの好きなところに時間を使えるようになるので、社会的にも意義があるなと思います。ウーバーがただの移動手段を提供しているのではなく移動のストレスを全て解放してくれるサービスであるように、私たちも料理の不安を全て解消するサービス、インフラとして成立させていきたいです。
本質は、誰の元に「お金と信頼」が集まればみんなが幸せになれるか
伊藤:前回の記事で話されていた「ブロック肉チェーン構想」にも通じると思うのですが、生産者、販売者、ユーザーを繋げる仕組みについて、具体的な構想は立てていらっしゃいますか?今、ユーザーの中には産地に直接食材を求めるような人も増えてきていると思うのですが。福﨑:その三者の関係性を作る場を提供したいな、とは思っています。例えば、今後は「この農家さんの野菜は美味しい」となれば、週1回そこの野菜を自宅に届けておいてくれればそれでいいというユーザーさんもいらっしゃると思うので。もう一つは、ユーザーさんが仲卸や市場などに対して直接「この生産者のこれを扱ってほしい」と要望を出せる仕組みですね。生鮮食品って、究極的に情報の非対称性が小さい商材だと思うんですよ。だから、販売者よりもユーザーさんの方が情報を持っていることも充分にあり得ます。その中で、クックパッドマートでユーザーさんが進言したことによってそれが売れて、生産者や販売者が儲かるという世界ができても面白いですよね。
伊藤:クックパッドマートが生産者のマーケティング支援的な役割も果たすプラットフォームになるというのは面白いですね。
福﨑:本質的な話をすると、結局、誰のところにお金と信頼が集まっていけばみんなが幸せになれるかということなんです。同じ野菜、肉を作っている農家さんなら、やっぱりすごく美味しいものを作っている人にお金と信頼が集まるべきなんですよね。そうすることで、新しいチャレンジができるようになります。
伊藤:食を通じたコミュニティの新しい形になりそうですね。
福﨑:あとは、市場経済だと、信頼とお金が集まったものを「権利」として売却できて初めてマーケットとして成立すると思うので、そこをどうやって作るかも大切ですね。経済成長を産んだ株式市場と同じです。ただし、マネーゲームにはならないようにしなくてはいけない。食品が実際の価値とあまりにもかけ離れた価格で取引される、というのはよくないと思うので。
伊藤:ただ販売するモデルを作るだけではなくて、「食」というテーマを市場経済という視点にまで掘り下げて考えているからこそ、様々なアイデアが次々と湧いてくるのでしょうね。
福﨑:私自身、ずっとそのような考え方で生きてきてまして。10年ぐらい前に起業した時のテーマは「個人のスキル評価」でした。クラウドソーシングがまだなかった時代に、個人はどうしたら評価を可視化できるんだろうというのをずっと考えていたんですよ。クラウドソーシングって、エンジニアとかデザイナーなど、アウトプットがわかりやすいところには単価が付きやすい。食品もアウトプットが明確です。結局生産者の努力が形になって現れるので、ユーザーさんが評価し、信頼とお金が集まるという市場が成り立つと思うんですよね。
伊藤:仕組みさえできれば、カリスマ生産者、カリスマバイヤーがもっと出てくるわけですね。
福﨑:そうですね、問題は、そういった方が誰に売りたいかですね。正直なところ、今、日本国内の個人に売りたいと思っている方は少ないです。売るのは海外のマーケットだったり、日本の大きな市場だったり。
伊藤:それはある意味、数の論理ですよね。豊洲市場などがそれだけの量を買うことにコミットしてくれるからそうなってしまうという。
福﨑:結局、これまで生産者さんが売る努力をあまりしてきていないので、そこは本当にやりやすい手段を作ってあげないといけません。もちろん、DtoCをやり始めている方もいますけれども。
「他の人と過ごすより、自分と過ごした方が社員の人生が濃くなる」ことだけにコミットする
伊藤:ユーザーに寄り添いつつ社会にインパクトを与える様々なサービスを考えて、次々と実現していらっしゃいますが、これをチームで実現するのって、すごく難しいことだと思います。チームビルディングの際に気をつけていることなどはありますか?福﨑:採用にはすごく時間をかけています。短期で採用してしまうと一気に質が落ちてしまうので、どうすれば中長期的な視点でミッション・ビジョンに貢献してくれる人に出会えるかにはこだわっています。それから、社員がやりたいことを常に確認して、何をやってもらうかに気を使っていますね。例えば普通の会社だと、この人はデザイナーだからデザインをやる部署にアサインして落ち着く、みたいなことだと思いますが、私は組織を結構変えるんですよ。半年に一回は絶対に大きな変更をしますし、3ヶ月に1回は少しずつ役割を変える、みたいなことをやっています。
伊藤:組織を頻繁に変えるのは何故ですか?
福﨑:3ヶ月後にはこうしなきゃいけないというのを考えている時って、みんなだんだん小さなことをやりだすんです。結果が出やすい、分かりやすい、誰から見てもオーケー、ということを考えてしまう。それは優秀な人でもそうです。私は「ぶっ壊す」のが好きなので、そこの目線をガッと引き上げて、今までになかったような発想を引き出したいのです。だから私は常に「結果が2倍以上になる打ち手しかやらない」と言っていますし、社員各自が「自分がこの仕事をやるとサービスの景色が変わるんだ」と思えることをやり続けた先にサービスの成長があると思っています。その分、みんなも大変だと思いますが(笑)先ほど申し上げたラストワンマイルの仕組みも現時点では何も決まってないですからね。明日、デザイナーの予定を取っていて、仕組みを考えるよりもアプリの画面を作った方が早いということで、1日でアプリのデザインを作っちゃって、このUXを実現するにはどうするかという議論に持っていくという発想です。「1ヶ月で仕組みを作り切ろう」と号令をかけているので(笑)。
伊藤:社員の方は大変ではありますが、考えようですよね。そのような確実に社会にインパクトを与える課題が目の前にあって、「君がやりなさい」と任せてくれる職場って、チャンスをものにしたい人にとっては最高じゃないですか。
福﨑:おっしゃる通りです。私は、メルカリさんがバリューで宣言している「Go Bold(大胆にやろう)」という言葉が大好きで。私が社員に提供できるものは本当に一つしかなくて、皆さんが私と一緒に過ごした時間が少しあっただけで、他の人と過ごしたよりも濃い人生になる、ということだけにコミットしたいのです。やっぱり、簡単なことをちょこっとやっただけでは濃くならないんですよ。もちろんちゃんとケアしなくてはいけないのですが、この人はどこまでできるんだろう、というのは議論しながら見極めて、それぞれに課題を与えて、みたいなことをやり続けると人は成長できますし、そういうメンバーが集まったチームができるといいなと思っています。
「ユーザーファースト」とはユーザーだけを見続けることではない
伊藤:クックパッドマートの場合、サービスのミッション、ビジョンが採用やチームビルディングを行う上で非常に重要な役割を果たしていると思いますが、あれは事業を始める前から決めていたものなのでしょうか?福﨑:サービスのミッション、ビジョンを決めたのは、事業を立ち上げてから1年ぐらい経ってからですね。立ち上げ当初は人数が少なかったので、それは口頭で毎日話せばよかったんです。しかし、メンバーが増えてくると一人一人と会話する時間も減りますし、自分たちは何を行動規範に動くのかという共通認識を作るために決めました。
ミッションビジョンは、書くことよりも壁に貼るっていうのが大事です。おしゃれなボードで。おしゃれなボードっていうのもすごく大事で(笑)。何故なら人間って忘れてしまう生き物なので、常に何か大きな意思決定をするときは貼ってあるミッションビジョンを見て、そこから逸れていないかというのを自分でコントロールするという側面があります。
ミッションビジョンは、サービスに関わる全ての人のためのものです。どうしてもユーザーさんが増えていくとそこだけを見がちになるのですが、「ユーザーファースト」というのは決してユーザーさんだけを見続けることではなくて、ユーザーさんが本質的に欲しいものを私たちが解釈して作ることです。その想いを言語化して残すことで、生産者であったり、サービスに関わってくれるいろんな方がいるということを認識できるし、「仕組みづくりを追求する」と書いてあるように、自分たちがやるのではなくて、「仕組み」として提供していくことにこだわる、ということも徹底できるのです。
伊藤:その想いが、実際にサービスに色濃く現れていると実感しました。本日はありがとうございました。
福﨑:ありがとうございました。
【前編はこちら】
前編目次
1. 「冷蔵庫」もアプリと同じ、毎月のようにアップデート
2. 一番置きたいのは、駅とマンションの共用部
3. 「ラストワンマイル」への取り組みも始まる
4. 販売者に「めんどくさい」と思わせないオペレーションを徹底的に追求
5. 販売者、ユーザー、関わる全員が「自分のためのサービス」と思える仕組みに
6. 合コンで「俺、クックパッドマート使ってるよ」と言われたら面白い