直販チャネルを持たないメーカーがD2C実現のために越えなくてはならない4つの壁
D2Cがちょっとしたバズワードになっている昨今、アパレル業界に限らず、これまで直販チャネルを持ってこなかったメーカーが自社ECの構築を企図するケースが増えています。
しかしながら、そのようなプロジェクトが当初の目的とまったく違う着地をしてしまう、あるいは頓挫してしまうというケースも多く見られるのが実情です。
なぜそのような事態に陥ってしまうのか、現役DXコンサルタントの視点で紐解いていきます。
目次:
D2C(Direct to Consumer)がちょっとしたバズワードになっています。それを裏付けるように、私のところにも、アパレル業界に限らず、現状お客様への直販チャネルを持っていない大手メーカーさんから自社ECの構築についてご相談をいただく機会が増えてきています。
自社ECを構築するのには、企業ごとに様々な思惑があると思います。国内における量販店の販売力低下への懸念、海外市場へ攻勢をかけるための自社販売プラットフォームの地盤固め、あるいは、ユーザーの声を直接拾い、それを製品開発へフィードバックする仕組みとして機能させていきたい、などなど。
規模の差はあれど、ご相談いただく初期の段階では、そのような俯瞰した目的が比較的ハッキリと見えているケースも少なくありません。
しかしながら、「DX推進」という命題と相まって志高くスタートしたはずの自社ECプロジェクトが、気づけば自社基幹システムと連携するだけのECが出来上がる、というケースが、残念ながら散見されます。
なぜそうなってしまうのでしょうか。そこには、特にこれまで直販チャネルを持っていなかったメーカーが越えなければならない4つの高い壁が存在しているのです。
それらのコストをかける以上、売上などの成果を求められるのは当然のことなのですが、「なぜお客様が自社ECで買い物をしてくれるのか」の議論がないままプロジェクトを進めようとした場合、決裁権者に対して短期的な費用対効果を説明するのは難しいでしょう。
言い方を変えれば、自社ECプロジェクトにおいて真っ先にやるべきことは「自社ECで顧客が買い物をする理由」を明確に言語化することであるとも言えます。それはすなわち、ビジネスモデル、そして顧客に提供するバリューの明確化に他なりません。それこそが、自社ECを構築する目的に直結するからです。
例えば、提供するバリューとして販売を最優先にするとなると、ユーザーファーストの観点では翌日配送してくれるAmazonや、ポイント還元率が高く、ポイントの利用先も幅広い楽天で販売する方が、新たな自社ECでの販売よりよほど成果が出やすいでしょう。
ここで大切なのは、今ある自社の資産を活用して、いかにユニークなビジネスモデルを構築し、ECプラットフォーマーでは提供しないバリューの提供を生み出すことができるかどうかです。ここが明確に見出せないのであれば、自社ECの構築自体を見直した方がいいとさえ言えるでしょう。
自社ECに担わせることができる独自のバリューは企業によって異なると思いますが、例えば、従来既製品しかない商品がオーダーメイド可能になる、ということだったり、自社ECオリジナルの特典を設けたり、ミレニアル層など特定のターゲットからの会員獲得に特化するなど、様々な方向性が考えられます。
いずれにせよ、経営陣から現場のスタッフまで、社内関係者全員が納得し、目線を合わせられる自社ECのバリューと目的を打ち立てられなければ、プロジェクトが進行するうちに、ECの最終形が(販売重視の機能ばかり搭載して予算を使い切ってしまうなど)ブレてしまいかねません。
しかし、情報システム部門の方が主幹となってプロジェクトを進行する際に起こりがちなことがあります。それは、自社EC導入後、いかに情報システム部門の負担が軽くなるかという観点が大なり小なり入ってくる、ということです。
人はどうしても楽をしたい生き物ですし、一見、自部署にとって効率化できる選択肢があれば迷うことなくそれを選ぶことでしょう。これはプロジェクトが進行する中で、せっかく言語化した自社ECサイト構築の目的をブレさせる危険性を孕んだ因子となり得ます。
そのような事態を避け、徹頭徹尾目的をブラさずプロジェクトを進行させるためには、主幹に新たなビジネスモデルの構築を最優先にできる部署の担当者を任命すべきです。これは企業の規模にもよりますが、マーケティング部門かもしれませんし、経営企画室的な部署かもしれません。
本来最も理想的なのは「自社ECプロジェクトチーム」を発足、関係部署からそれぞれプロジェクトチームにメンバーをアサインし、プロジェクト期間中はそれを専業として集中できる環境なのですが、実際、通常業務のリソースを完全に期間限定のプロジェクトに振り切ることができる企業というのはほとんど見たことがありません。
プロジェクト自体を子会社化するぐらいの規模の企業でないと、プロジェクト専業のチームを作ることは難しいでしょう。大抵の場合は通常業務とプロジェクトは兼務となりますから、その中心人物の任命はなかなかハードルが高いというのが実情だと思います。
一方で、実際に自社ECの運用が始まった段階においては、それらの業務全てを自社リソースで対応する必要はありません。一部の業務は最初から業務委託をして回していく、というプランニングが明確に立てられていれば問題ありません。
よく起こりがちなのは、EC構築のために必要な知識・情報収集と、運用開始後のオペレーションを切り離して考えることができず、どうしても運用開始後のオペレーションばかりに目が行ってしまうという状態です。
運用開始後、自社リソースでオペレーションを回すことばかりに気を取られてしまうと、負荷が少ない方、少ない方という選択を採りがちになり、ここでもやはり本来の目的からブレた方向に進んでしまう危険性があります。
もちろん、企業内に知見を貯めていくためにも、最終的には全てを内製化できるのが理想です。しかしながら、初期段階では、運用上それぞれの担当範囲をフレキシブルに変更可能なシステムを導入しておけば問題ありません。最初は外注で運用を回しながら、徐々に内製化できる範囲を広げていけばいいのです。
その資料を見た経営者の脳内では確実に期待値のハードルが上がりますし、そのようなメガプラットフォーマーの機能を追随するためのコストは膨大なものになります。この状況で導入後3年で投資分を回収できるという事業計画を主張したところで、それはまさに絵に描いた餅にしかなりません。当然、決裁権者からの承認を取ることも難しいでしょう。
これは自社ECの構築に限ったことではありませんが、基幹システムなど業務システムの構築と違い、Webサービスの構築においては、「小さく作って、大きく育てる」というのがセオリーです。自社が顧客にとっての価値として提供できるものを、なるべく早くローンチし、とにかくまず使ってもらうこと、そして、そこから得られたフィードバックに基づいて、継続的に改善していくことを意識する必要があるのです。
改善というと一般的にはPDCAサイクルという手法が有名ですが、ECサイトの構築と親和性が高いのはアジャイル開発やリーン開発といった概念であり、そこではBML(Build,Measure,Learn)という改善サイクルが提唱されています。
BMLはより顧客体験に寄り添った手法です。顧客体験を構築した先で、顧客の行動、心理を実売データ以外の満足度や継続意向にまで広げて計測し、より深く顧客を理解した上で改善に活かすため、自社ECをブラッシュアップしていき、強固な「買う理由」を生み出すためには欠かせないアプローチと言えるでしょう。
いずれにせよ、自社ECプロジェクトの承認決裁を確実に取るためには、ビビッドに打ち出したバリューと目的を実現するための段階的な計画を練り込み、それぞれのフェーズにおいて必要な機能を絞り込んだ上で予算に落とし込むのが良いでしょう。すると、必然的に導入時の初期投資が抑えられたスモールスタートな計画となり、承認決裁の獲得もより現実的になる可能性が高いのではないでしょうか。
ECサイトはインターネット上に事例が山ほど存在するため、DXで何か→直販チャネルをECサイトで、という思考に行きやすいのだと思いますが、蓋を開けてみるとなかなか手強いのがECサイトです。
自社のお客様に何を提供すれば本質的な価値へと繋がるのか。繰り返しになりますが、テクノロジーファーストではなく、自社ECサイトを構築する目的をじっくり掘り下げて考えることから始める必要があるのです。
アミューズメント施設店舗責任者やエリアMGに6年従事した後、ORANGE POS販売拡大時期のエスキュービズムに入社。200社以上の店舗システム導入実績に由来する豊富な業務知識と理解に基づいたIT構想の実現提案を得意としている。趣味は麻雀。好きな役はドラが頭のメンタンピン一盃口三色で倍満。
しかしながら、そのようなプロジェクトが当初の目的とまったく違う着地をしてしまう、あるいは頓挫してしまうというケースも多く見られるのが実情です。
なぜそのような事態に陥ってしまうのか、現役DXコンサルタントの視点で紐解いていきます。
目次:
- 当初の目的をまっとうできない自社ECプロジェクトは、なぜ生まれるのか
- 第1の壁:「提供するバリューと目的の明確化」の壁
- 第2の壁:適切なプロジェクト担当部署任命の壁
- 第3の壁:ノウハウ、情報収集の壁
- 第4の壁:費用対効果と社内決裁の壁
- さいごに
当初の目的をまっとうできない自社ECプロジェクトは、なぜ生まれるのか
エスキュービズムDXシニアコンサルタントの村上です。D2C(Direct to Consumer)がちょっとしたバズワードになっています。それを裏付けるように、私のところにも、アパレル業界に限らず、現状お客様への直販チャネルを持っていない大手メーカーさんから自社ECの構築についてご相談をいただく機会が増えてきています。
自社ECを構築するのには、企業ごとに様々な思惑があると思います。国内における量販店の販売力低下への懸念、海外市場へ攻勢をかけるための自社販売プラットフォームの地盤固め、あるいは、ユーザーの声を直接拾い、それを製品開発へフィードバックする仕組みとして機能させていきたい、などなど。
規模の差はあれど、ご相談いただく初期の段階では、そのような俯瞰した目的が比較的ハッキリと見えているケースも少なくありません。
しかしながら、「DX推進」という命題と相まって志高くスタートしたはずの自社ECプロジェクトが、気づけば自社基幹システムと連携するだけのECが出来上がる、というケースが、残念ながら散見されます。
なぜそうなってしまうのでしょうか。そこには、特にこれまで直販チャネルを持っていなかったメーカーが越えなければならない4つの高い壁が存在しているのです。
第1の壁:「提供するバリューと目的の明確化」の壁
特にこれまで経験がない企業にとって、自社ECサイトの構築は予想以上にコストがかかるプロジェクトだと感じられると思います。初期投資のみならず、ECサイトを運営する上では、システムの維持や運営人件費などのランニングコストも、サイトの規模に応じて大きくなってきます。それらのコストをかける以上、売上などの成果を求められるのは当然のことなのですが、「なぜお客様が自社ECで買い物をしてくれるのか」の議論がないままプロジェクトを進めようとした場合、決裁権者に対して短期的な費用対効果を説明するのは難しいでしょう。
言い方を変えれば、自社ECプロジェクトにおいて真っ先にやるべきことは「自社ECで顧客が買い物をする理由」を明確に言語化することであるとも言えます。それはすなわち、ビジネスモデル、そして顧客に提供するバリューの明確化に他なりません。それこそが、自社ECを構築する目的に直結するからです。
例えば、提供するバリューとして販売を最優先にするとなると、ユーザーファーストの観点では翌日配送してくれるAmazonや、ポイント還元率が高く、ポイントの利用先も幅広い楽天で販売する方が、新たな自社ECでの販売よりよほど成果が出やすいでしょう。
ここで大切なのは、今ある自社の資産を活用して、いかにユニークなビジネスモデルを構築し、ECプラットフォーマーでは提供しないバリューの提供を生み出すことができるかどうかです。ここが明確に見出せないのであれば、自社ECの構築自体を見直した方がいいとさえ言えるでしょう。
自社ECに担わせることができる独自のバリューは企業によって異なると思いますが、例えば、従来既製品しかない商品がオーダーメイド可能になる、ということだったり、自社ECオリジナルの特典を設けたり、ミレニアル層など特定のターゲットからの会員獲得に特化するなど、様々な方向性が考えられます。
いずれにせよ、経営陣から現場のスタッフまで、社内関係者全員が納得し、目線を合わせられる自社ECのバリューと目的を打ち立てられなければ、プロジェクトが進行するうちに、ECの最終形が(販売重視の機能ばかり搭載して予算を使い切ってしまうなど)ブレてしまいかねません。
第2の壁:適切なプロジェクト担当部署任命の壁
このようなプロジェクトにおいては、情報システム部門の方が窓口として任命されるケースが非常に多いのが現状です。もちろん、自社ECの構築となれば、基幹システムや物流システムとの連携が必ず発生するため、情報システム部門の関与は必須です。しかし、情報システム部門の方が主幹となってプロジェクトを進行する際に起こりがちなことがあります。それは、自社EC導入後、いかに情報システム部門の負担が軽くなるかという観点が大なり小なり入ってくる、ということです。
人はどうしても楽をしたい生き物ですし、一見、自部署にとって効率化できる選択肢があれば迷うことなくそれを選ぶことでしょう。これはプロジェクトが進行する中で、せっかく言語化した自社ECサイト構築の目的をブレさせる危険性を孕んだ因子となり得ます。
そのような事態を避け、徹頭徹尾目的をブラさずプロジェクトを進行させるためには、主幹に新たなビジネスモデルの構築を最優先にできる部署の担当者を任命すべきです。これは企業の規模にもよりますが、マーケティング部門かもしれませんし、経営企画室的な部署かもしれません。
本来最も理想的なのは「自社ECプロジェクトチーム」を発足、関係部署からそれぞれプロジェクトチームにメンバーをアサインし、プロジェクト期間中はそれを専業として集中できる環境なのですが、実際、通常業務のリソースを完全に期間限定のプロジェクトに振り切ることができる企業というのはほとんど見たことがありません。
プロジェクト自体を子会社化するぐらいの規模の企業でないと、プロジェクト専業のチームを作ることは難しいでしょう。大抵の場合は通常業務とプロジェクトは兼務となりますから、その中心人物の任命はなかなかハードルが高いというのが実情だと思います。
第3の壁:ノウハウ、情報収集の壁
自社ECを構築する上で考慮しなければならない点は山ほどあります。ささげ業務、決済、受注処理、発送、カスタマーサポート、集客、追客、分析、etc——これらの業務は、EC構築プロジェクトをスムーズに進行させるためには、全てを理解し、それぞれに即した情報収集が必須となります。一方で、実際に自社ECの運用が始まった段階においては、それらの業務全てを自社リソースで対応する必要はありません。一部の業務は最初から業務委託をして回していく、というプランニングが明確に立てられていれば問題ありません。
よく起こりがちなのは、EC構築のために必要な知識・情報収集と、運用開始後のオペレーションを切り離して考えることができず、どうしても運用開始後のオペレーションばかりに目が行ってしまうという状態です。
運用開始後、自社リソースでオペレーションを回すことばかりに気を取られてしまうと、負荷が少ない方、少ない方という選択を採りがちになり、ここでもやはり本来の目的からブレた方向に進んでしまう危険性があります。
もちろん、企業内に知見を貯めていくためにも、最終的には全てを内製化できるのが理想です。しかしながら、初期段階では、運用上それぞれの担当範囲をフレキシブルに変更可能なシステムを導入しておけば問題ありません。最初は外注で運用を回しながら、徐々に内製化できる範囲を広げていけばいいのです。
第4の壁:費用対効果と社内決裁の壁
D2Cの取り組みとして初めての自社ECを検討する際やってしまいがちなのが、社内でプロジェクトの決裁をもらうための説明資料にベンチマークとしてAmazonや楽天を置いてしまうことです。その資料を見た経営者の脳内では確実に期待値のハードルが上がりますし、そのようなメガプラットフォーマーの機能を追随するためのコストは膨大なものになります。この状況で導入後3年で投資分を回収できるという事業計画を主張したところで、それはまさに絵に描いた餅にしかなりません。当然、決裁権者からの承認を取ることも難しいでしょう。
これは自社ECの構築に限ったことではありませんが、基幹システムなど業務システムの構築と違い、Webサービスの構築においては、「小さく作って、大きく育てる」というのがセオリーです。自社が顧客にとっての価値として提供できるものを、なるべく早くローンチし、とにかくまず使ってもらうこと、そして、そこから得られたフィードバックに基づいて、継続的に改善していくことを意識する必要があるのです。
改善というと一般的にはPDCAサイクルという手法が有名ですが、ECサイトの構築と親和性が高いのはアジャイル開発やリーン開発といった概念であり、そこではBML(Build,Measure,Learn)という改善サイクルが提唱されています。
BMLはより顧客体験に寄り添った手法です。顧客体験を構築した先で、顧客の行動、心理を実売データ以外の満足度や継続意向にまで広げて計測し、より深く顧客を理解した上で改善に活かすため、自社ECをブラッシュアップしていき、強固な「買う理由」を生み出すためには欠かせないアプローチと言えるでしょう。
いずれにせよ、自社ECプロジェクトの承認決裁を確実に取るためには、ビビッドに打ち出したバリューと目的を実現するための段階的な計画を練り込み、それぞれのフェーズにおいて必要な機能を絞り込んだ上で予算に落とし込むのが良いでしょう。すると、必然的に導入時の初期投資が抑えられたスモールスタートな計画となり、承認決裁の獲得もより現実的になる可能性が高いのではないでしょうか。
さいごに
DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が至る所で叫ばれていますが、このため「何かDXを考えよ」という、“目的なきDX”がお題として経営陣から降りてくるというのも、無益な自社ECプロジェクトが生まれてしまう一要因だと感じています。ECサイトはインターネット上に事例が山ほど存在するため、DXで何か→直販チャネルをECサイトで、という思考に行きやすいのだと思いますが、蓋を開けてみるとなかなか手強いのがECサイトです。
自社のお客様に何を提供すれば本質的な価値へと繋がるのか。繰り返しになりますが、テクノロジーファーストではなく、自社ECサイトを構築する目的をじっくり掘り下げて考えることから始める必要があるのです。
この記事を書いた人
村上 永吉 株式会社エスキュービズム DXコンサルティング部シニアコンサルタントアミューズメント施設店舗責任者やエリアMGに6年従事した後、ORANGE POS販売拡大時期のエスキュービズムに入社。200社以上の店舗システム導入実績に由来する豊富な業務知識と理解に基づいたIT構想の実現提案を得意としている。趣味は麻雀。好きな役はドラが頭のメンタンピン一盃口三色で倍満。